2015年11月19日 (木)

あれから5年、そして5年・・・さらに5年(術後15年での再発? セーフ!!)

9時を少し過ぎたところで、連れ合いからメールが入った。

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(^o^)丿

大丈夫だった(^.^)

ご心配おかけしました。

半年後にまた検査することになりました。

ふう…とりあえず一安心(^.^)

あとは貴方の検査。

奈良が楽しみです。

いちょう祭りに行って帰ります。

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よかったね~!!

と短い返信を打った。

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Re:(^o^)丿

うん(^.^)

生きてるって奇跡だね

と返ってきた。

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ほ~っとした。

冷静に受け止めているつもりだった。

覚悟もしているつもりだった。

が、それなりに堪えてもいたのだろう。

よかった、よかった!

帰りにケーキを買って帰った。

15年目の秋も乗り越えられそうだ。

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2015年11月14日 (土)

あれから5年、そして5年・・・さらに5年(術後15年での再発?)

もう、このシリーズは書くことはないかと思っていたのだが・・・

10月に受けた連れ合いの健康診断の結果が届いた。

結果は、左胸に再発の疑いがあり、乳腺科での要精密検査というものだった。

術後、5年、10年と過ぎ、もう再発の心配はないものと思っていたのだが・・・。

あれから15年。

当時は小学校3年生だった一番下の息子も就職して2年目となっている。

連れ合いも子どもたちも、結果は淡々と受け止められているようだ。

もちろん内心のところは分からないが・・・。

私自身はと言えば、動揺せずに受け止められている。

手術や10年目の検査でお世話になった大学病院に連絡し、無理を言って精密検査の予約を入れてもらったようだ。

その検査の日が今日。

11月14日、埼玉県民の日で私たちの33回目の結婚記念日だ。

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検査から帰ってきた連れ合いの話だと、「再発は厳しいよね~」とレジデントにつぶやかれたとのこと。

まぁ、向こうにとってはそれは普通のつぶやきかもしれないが、弱っている心で受け止める側には、たまったものではないだろう。

検査はマンモグラフィと超音波検査を受けたとのこと。

結果が分かった後で、細胞診を受け、確定診断となるようだ。

あれから5年、そして5年…さらに5年。

術後15年目の秋だ。

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2012年1月28日 (土)

連れ合いがウツになりまして…②「家事しません(宣)言」から1か月(「平和」は我が家から…154)

連れ合いがうつ病と診断されてから1か月。

朝早く起きたり、家事をするのがつらいということで

「しばらく家事はしません」と宣言してから1か月が経過した。

お正月の準備を始めるところでのリタイアで、大掃除はおすぎと子どもたちで手分けしてできるところをやった。

おせち料理は姉ちゃんと下の息子が指示をもらいつつ、煮たり炒めたり詰めたりした。

お雑煮はおすぎがこしらえた。

2012_1_28姉ちゃんが家事の分担表を作成した。

おすぎは火・木・土の夕食づくりと洗濯を担当することに。

姉ちゃんは月・水の夕食と洗濯物干し。

2012_1_28_2上の息子は洗濯物をたたむ。

下の大学生の息子は金曜日の夕食。

日曜日の夕食は姉ちゃんと大学生の息子で作る。

分担表には入っていないが、朝ごはんとお弁当づくりはおすぎが作ろうと決意した。

9日までは大学生もおすぎも休みだったので、比較的余裕を持って家事もできたが、休み明けの10日からはぐっとハードになってきた。

6時に出かける上の息子の朝ごはんを用意して送り出し、お弁当と残りの朝ごはんの用意をする。

お弁当は姉ちゃんと大学生の息子とおすぎの分を3つ作り、連れ合いの分もお昼のおかずを用意する。

出勤までの残された時間で手際よくできればいいのだが、段取りの悪さと時間に追われてバタバタとしてしまう。

「あるもので食べるからいいよ」と連れ合いは言うが、食べないまま過ごされても困るので、用意することにした。

姉ちゃんと大学生の息子もがんばって夕食づくりをやっている。

1か月経って、少しは要領もわかってきたのだが、担当の日は朝から夕ごはん何にしようと悩んでしまう。

お弁当のおかずも結構悩むし、卵焼きの味もなかなか安定しない。

掃除は日曜日の午後にまとめて、連れ合いを除いた4人で分担してやっている。

連れ合いも調子のよいときには一緒に台所に立ったり、出かけたりもする。

が、波があるようで、食事以外は横になっている日も多いようだ。

1か月単位で考えて、少しずつ良くなっていってくれればと思う。

おすぎも2月に入ると早出・残業もあり、しばらく忙しい。

が、何とか乗り切っていきたいと思っている。

それにしても寒い毎日が続いていますねぇ・・・。

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2011年12月28日 (水)

連れ合いがウツになりまして…(「平和」?は我が家から…151)

この年末にきて、いろいろとあります。

連れ合いが「A医院に行きたいから連れてって」という。

神経科のあるお医者さんだ。

こちらはあまり感じていなかったが、本人は調子が悪かったらしい。

「でも午前中はつらいから午後にして」とのこと。

いつものように午前中はプールに入り、早めに帰宅した。

A医院の診察券を探すと15年前のものが出てきた。

見ると水曜日は「午後休診」

おっと今日は水曜日だ。

明日あたりからは年末年始の休みに入るに違いない。

「行ける?」と聞くと「うん」と答えた。

駐車場に車を止め「一緒に行った方がいい?」と聞くと

「一人で大丈夫。待ってて」とのこと。

(病院の敷居が高いおすぎとしては内心ホッとする)

車の掃除をし、近所をウォーキング。

ふもとの方まで雪化粧した富士山がきれいに見える。

1時間ほどで出てきた連れ合いは「やっぱりうつ病だって」

先生といろいろ話し、症状がどれもこれも一致したらしい。

3か月ぐらいは投薬で治療することになるようだ。

抗うつ剤や睡眠導入剤を処方されたとのこと。

この間、午前中はずーっとつらかったらしい。

家事も苦痛だったようだ。

4月から社会人となった息子の朝が早いため、毎朝5時半起きだし

研究論文で苦しんだり

娘の入院もあったり

弟が生死をさまよったり

3月の震災・原発事故以来、放射能には敏感になっていたし

みんなが出かけた後一緒にいてくれたワンコも亡くなったし

いろいろな要因が積み重なって苦しくなっていたのだろう。

帰ってきた子どもたちにもそれぞれ話をし、

しばらくは家庭内療養ということになった。

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2010年10月17日 (日)

あれから5年、そして5年・・・(術後10年!)

連れ合いの病気がわかった2000年の夏

2ヵ月以上待った手術までの長~い時間

麻酔が覚め「おっぱいは?」と聞かれた時のかすれた声

手術の前も後も続いた心のゆれ

あれから5年が過ぎ

そしてまた5年が過ぎた。

術後10年!

小学3年生だった一番下の息子も

今は大学1年生だ。

病気がわかる直前に辞めていた仕事も

今年の春からは臨時職員で新たな仕事に復帰している。

これからのことはわからないけれど

気持ちを新たに

また何気ない日常の一日一日を大切にし

1年1年を積み重ね

5年さらに5年と

いっしょに生きていきたいと思う。

PS)2010/12/1

夕方、仕事を終えて携帯を見ると連れ合いからの着信があった。

今日は、先日受けた定期検査の結果がわかる日だ。

メールも入っていた。

ちょっと不安になりながらメールを開いた。

(^o^)/お医者さんに十年間お疲れさまって言われたよ
ありがとう
これから帰ります(o~-')b

ほっとした。

「ボクからもお疲れ様」と返信した。

乗換駅で不二家の生チョコケーキを買い、ローソクを10本もらった。

ちょっとカッコつけて、10本のバラの花束をと思ってあちこち花屋を探したのだが、

結局、スーパーで398円のバラの入った「季節の花」になってしまった。

まぁ、気持ちだから・・・。

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2005年12月29日 (木)

あれから5年・・・21(終わりに/いまは)

あれから5年が経った。
退院後もおよそ3年間は買い物や子どもの学校の面談など、必要最小限の外出だけで、基本的には家で過ごしていた。「引きこもり」に近い状態だった。

3年間の「充電期間」を経て、2004年の春、某私立大学の3年次に編入し、心理学の勉強を始めた。
何だか嬉しくて、コツコツ貯めていたへそくりをうっかり「入学手続金にして」とポンと渡してしまった。(いま思うとちょっと惜しい・・・)

久しぶりの電車通学で、体力的には随分厳しそうだったが、若い学生たちの愚痴をこぼしながらも、ほとんど休まずに通い続けている。この冬休み中には卒論を書き上げ、3月には卒業するはず・・・。

気持ちの揺れ(落ち込み)はその後もあった。とくに6ヵ月や1年毎の定期健診(検査)の3週間ぐらい前になると気持ちが沈み始め、検査当日はぐったりと疲れ、その後検査の結果が出るまではなかなか気持ちが上向きにならなかった。

5年間飲み続けたホルモン剤・ノルバデックスの服用もこの秋で終わった。
直後に心配な症状が続いて、子宮体がんの検査を受けた。ノルバデックスを服用していると出やすいと言われている病気。
1週間後、検査の結果を聞きに行った日に
「大丈夫だったよん! 心配かけてばかりでごめんね(*^-^*)」とケータイにメールが入ったときには、正直ほーっとした。

術後10年間転移・再発がなければ、ほぼ大丈夫だと言われている。いまはちょうど5年というターニングポイントを回ったところ。
安心はできないが、とりあえず次の5年に向かって行ける。

連れ合いの病気がわかった後は、毎日の何気ない日常というものがホントはすごく幸せで大切なことなんだと思ったのだが、とりあえず元気になってくれると、その気持ちを少しずつ忘れかけていたように思う。
5年前を振り返ってみて、改めていま、一日一日を大切に過ごしていきたいものだと思っている。

「あれから5年・・・」はこれで終了します。
連れ合いが見れば、「あなたの都合のいいことばかり書いて・・・」と言うかもしれません。
もちろん、ここには書いていないこともあるし、「修羅場」も多少はあったし、忘れてしまったこともあるはず・・・。
でも、この日記(覚書)に書かれた3ヵ月の日々は、「生きる」ということに向き合った結構「濃い」3ヵ月間だったと、いま振り返っても思います。

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2005年12月25日 (日)

あれから5年・・・20(歩き始める)

2000.11.17
「太るのはね、良くないから。この病気にも、他の成人病にも」と執刀医の先生に言われたのが効いたのか、「歩こう」ということになった。
夜8時過ぎに、駅に向かって歩く。目標は駅前の本屋さん。1時間ちょっとかかって無事家に生還。
何日続くことやら・・・。

2000.11.22
こちらの帰りが遅くなった。
今日は歩いていないだろうと思って帰ったところ、小3の息子と二人で駅前まで歩いてきたとのこと。がんばってる。
昼間は息子の学校の個人面談があって、ひとりで出かけた。
午前中は歯医者に自転車で行ったという。
「自転車はまだこわい。自分が思っているのとちょとちがうほうに行っちゃう」とのこと。
「面談で久しぶりによその人と話したんで疲れちゃた」とも。

2000.11.23(勤労感謝の日)
朝、8時過ぎに一緒に愛犬の散歩に出かける。公園から野鳥の森公園。
落ち葉を踏みふみ歩く。「近くに散歩できるこんな場所があってよかったね」と改めて言う。
疲れたのか、昼寝(朝寝?)

2000.11.29
ノルバテックス服用後2週間目の検診。
10時40分からの予約だったが、待ち時間やら採血やらで2時過ぎまでかかったようだ。
かなりぐったりきたようで、「早く帰って」コールが携帯に入る。
でも、とりあえずは副作用もなく順調のようだ。

一緒に歩き始めた。
病気が分かる前とはまた違った意味で、文字通り一緒に歩き始めた。

自転車はまだバランスが崩れるようで、ちょっと危なさそう・・・。
でも、買い物やら学校の個人面談やらと、少しずつ外に出るようにもなった。

また、一緒に歩いていけることがうれしい。

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2005年12月17日 (土)

あれから5年・・・19(ノルバデックス)

2000.11.15
退院後、最初の執刀医の診察を外来で受ける。13時予定のところ、14時に呼ばれる。

手術時にとった乳房内のがん細胞、リンパ節の検査の結果を聞く。
乳房の回りにはがん細胞は無い。
リンパ節には転移していない。

したがって、ホルモン療法をやるのが一般的。
ホルモン感受性の結果は、ひとつは陽性、ひとつは陰性。
二つ陽性の人がよく効くが、ひとつ陽性なので効くと思う。
抗がん剤治療はなし。ホルモン療法でノルバデックスを一日2回飲む。
当面2週間飲んで様子を見る。2週間後に副作用などの確認のため来院のこと。

抗女性ホルモン剤・ノルバデックス
いわゆる更年期障害が副作用として出る。ほてり、他。
子宮体がんを助長するので、1年に1度は子宮ガン検診を受けたほうがよい。不正出血があればすぐ婦人科に。
一方、骨粗しょう症には効果がある。
5年間投与の予定。経過がよければ2年、3年で終わることもある。

リンパ浮腫はいつおこるかわからない。何年かたってから急に出ることもある。

雇用保険の傷病手当金の申請証明書を受付に依頼。5000円かかるらしい。
「金が無ければ証明書ももらえない」と嘆く。

4時に池袋で遅い(早い?)食事。一応お祝いだ!
クリスマス飾りを見て、「クリスマスは無理だと思っていたからうれしい」と。

退院後、執刀医の先生による初めての診察。
手術の際に採った組織やリンパ節の病理検査の結果を伝えられた。
幸いなことに他には転移していないようだ。
ほっとする。

そうか、街にはもうクリスマスイリュミネーションが飾ってあったのか・・・。

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2005年11月29日 (火)

あれから5年・・・18(退院!)

2000.10.29(
退院です。

入院・手術費用はしめて978000円。
朝、小3の息子と一緒に車で病院へ。10時ちょっと前に着く。
4階のナースセンターへ挨拶に。

支払いはデビッドカード(銀行のキャッシュカードが使えるコーナー)便利、便利。
次の外来は水曜日とのこと。
まだ、ちょっと水がたまる。

帰りがけに買い物をし、いつもの本屋さんによって家に。
実家のばあちゃんに電話する。
「ごくろうさまでした」と言われる。

2000.10.30
同僚へのメール・返信

********************************:********
予定どおりに退院され、良かったですね
これからしばらくリハビリが大変だと思いますが
がんばってくださいとお伝えください。

件名 : 退院しました。

> おかげさまで、今日退院しました。
> 乳房はひとつ失いましたが、得たものもあり、また、今まで気が付かなかったものに
> 気が付いたりもしました。
>
> 一日一日を今まで以上に大切にして、前向きに暮らしていければいいなと、二人で話
> しています。
>
> まだしばらく休むこともあるかもしれませんが、とりあえずはホッとしています。
> いろいろとありがとうございました。
>
*************************************

手術から約2週間での退院。
「順調」だったのだと思う。

「そんなに来なくていいから・・・」と言われながらも、結局毎日通い続けた病院。
また、家族5人での生活ができる。始まる。

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2005年11月23日 (水)

あれから5年・・・17(いよいよ退院)

2000.10.24
仕事からの帰り、高一の娘と新宿駅で待ち合わせして、病院へ。
妻は久しぶりにシャワーを浴び、頭も洗ってもらってうれしそう。

今日ドレンが抜けた。
執刀医の先生が見てくれ、「もう退院してもいいね。今度は外来で」と言われたとのこと。
でも主治医の先生が、25~26と不在になる。今週末に退院できるかな・・・。

2000.10.25
だいぶ手も上がるようになり、壁に貼ってある「手形」に近づきつつある。昨日より2センチぐらい上にいったようだ。
「看護婦さんが『すごい、がんばってるね』ってほめてくれるの」と妻。

今日もたまった水を抜いたようだ。
生命保険・助け合い共済に必要な診断書の記入をお願いする。

2000.10.26
夜、9時ごろ主治医の先生が病室に来てくれたとのこと。
帰ってきて寄ってくれたみたい。

2000.10.27
「昼間レジデントが来てくれたけど、ちょっと触っただけで大丈夫ですね、といって帰った」と言って怒ってた。
水が手術後の乳房にたまっているのがわかる。
夜、主治医の先生が来てくれ、伝えたところ、時間外だけどと言いながらも水を抜いてくれたとのこと。
注射器で2本半あったようだ。
退院の話をしたところ、日曜日でも可能とのこと。

明日、入院費の請求金額がわかる。
いよいよ退院だ。

手術前から壁にリハビリ用?の手形の紙が張ってあった。
両手を上に伸ばした位置に右手と左手。

そして手術後、その日、腕ががあがったところに印をつけていく。
毎日少しずつ手形に近づき、「ここまでいったら退院ね」と看護婦さんに言われた位置に近づいてきた。

もう少しで退院だ。

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