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2016年11月 7日 (月)

一期一会(はが先生、ありがとう・・・さようなら・・・)

家に帰ると、テーブルの上におすぎ宛のはがきが届いていた。

差出人の住所と名字には覚えがあるが、名前は・・・

・・・「まさか!?」と思い、裏返して読み始めた。

はが先生の写真がプリントされ、ご主人の言葉が書かれていた。

 

「・・・お知らせが大変遅くなってしまいましたが、妻 は5ヵ月間の闘病生活をおくったのち 去る5月に永眠しました・・・」

もう一度読み返し、もう一度読み返した。

「え~ぇ! はが先生が死んじゃった・・・」

5か月間の闘病って・・・、5月に亡くなっていた・・・ 

2016_11_5え~っ、でも年賀状は来ていたはず・・・。

ことしの年賀状の中から、はが先生のものを見つけ出す。

そこには、「一期一会」のタイトルで始まる先生の思いが、小さな文字でびっしり書かれていた。

1月に読んだ時には、さらっと読んでいたのに、訃報を受けた後では、あちこちの文章に先生の思いが込められていたのではないかと思える。

 

「おすぎさん家族に会えてよかった 

優しさと 思いやりに 感謝しています。」

「・・・12月付けで実質退職させていただきました」ってことは、この時点で病気が進行していたのではないか・・・

「・・・お遍路さん憧れですよ! 時すでに遅し、もう歩けませ~ん!」って、ほんとに歩けなくなっていたのではないか・・・ 

「これからも力合せて仲良しファミリーで楽しんでくださいね!」って・・・。

今読めば、死を予期していたとも思える内容だ。

 

はが先生とは、おすぎの娘がお世話になった学童保育の指導員さんのことだ。

(その学童クラブでは指導員さんのことを「先生」と呼んでいた)

いまから25年前の4月、小学校に入学する娘といっしょに、その学童クラブをを訪ねた。

名前を言うと、「は~い○○ちゃん!(と上級生を呼び)、1年生が来たからどうしたらいいか教えてあげて」

とてきぱきと指示して、優しい笑顔で迎えてくれた。

これがはがの先生との、そしておすぎにとっては学童保育との初めての出会いだった。

お迎えが間に合わないときには、「帰り道だから」と娘を家まで送ってもらったこともあった。

そしてわが家の忘れられない思い出になる、こんなことがあった。 

1年生の娘が、家に帰り宿題のプリントをやっていた。

間違っているところがあったので、「ここちがうよ」と言って消しゴムで答えを消した時だ。

何と!問題文も消えてしまう?・・・!

えっ・なんで?・・・

とよくよく見ると、問題文は鉛筆で書いてあったのだ。

娘に確かめると

宿題のプリントを学校の机の中に忘れたまま学童クラブに帰ってしまい、 

クラブで気が付いた時にはすでに遅し・・・。

困った顔をしていたであろう娘のために、はが先生は同じクラスの子のプリントを借りて、鉛筆で書き写してくれたのだ。

きれいに書かれていたので、消しゴムで消えるまではまったく気が付かなかったのだ。

まだ、学童クラブにはコピー機が無い時代。

そこまでやってくれる先生(指導員さん)にホントに感謝感謝!だった。 

残念ながら、そこの学童クラブは娘が2年生の夏休みまでお世話になり、転居のため退所した。

娘は転校後も新しい学童クラブに入り、おすぎは父母会の役員になった。

その後、はが先生も異動でその学童クラブを離れたが、年賀状だけはやり取りをしていた。 

10年ぐらいたった時、年賀状で先生が元の学童クラブに戻ってきていることを知り、久しぶりに高校生になった娘といっしょに会いに行ったこともある。

 

娘は大学卒業後、学童クラブの指導員になった。

私はといえば、今もまだ学童保育との関係をずるずる引きずっている。

はが先生との出会いから始まった学童保育との縁はまだ続いている。

 

いまはただ、家族ではが先生との思い出をあれこれと話したい・・・。

年賀状の写真に写っているように

子どもたちといっしょにいる時のはが先生の笑顔は、輝いていてとても素敵でした。

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