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2008年10月26日 (日)

後ろから? 前から? (「平和」は我が家から・・・102)

おすぎはウォーキングのとき、通勤のとき、ケータイラジオを聴いている。

イヤホーンは、携帯電話についていたものをそのまま使っている。

先日のことだ。

7時前に家に帰ると、珍しく大学3年生と高校2年生の息子たちがそろってテレビを見ていた。

いつもは家に入る前にイヤホーンははずしているのだが、昨日はつけたまま部屋に入った。

「お父さん、イヤホーン前からつけてるの、へんじゃねぇ?」と大学3年生の息子。

高2の息子も「みんな後ろからつけてるでしょ。」とたたみかける。

「そんなのどっちからでもいいじゃん。」と言うと、

「だって、首のところがうっとうしいでしょ?」ときた。

「別に・・・」と言いつつも・・・。

次の朝、出かけるときには(もちろん、まだ息子たちは起きていなかったのだが)後ろから回してつけてみた。

前からだって後ろからだって、そんなに違わないじゃん・・・、と思って歩きはじめたのだが・・・。

しばらくたつと、たしかに首やあごの周りにコードがまとわりつくこともなく、これがなかなか快適である。

コードも上着の肩口をとおり、そのまま左の内ポケットに入るので、邪魔にならない。

ちょっと耳から外すことがあっても、そのまま肩にかけたままでいられる。

忘れずに、家に入る前にイヤホーンは外すことにしよう。

一応検索してみたら、こんなのが引っかかりました。

同じようなことを考えている人は結構いるようです。

「教えて!イーフロくん」

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2008年10月18日 (土)

河口湖へ秋をさがしに(富士河口湖もみじマーチ)

2008_10_18_1 今日は出勤予定の土曜日だった。

が、急きょ休めることになり、それではと、昨晩ネットでウォーキングイベントをさがしてみた。

2008_10_18_2 ありました! 第17回富士河口湖もみじマーチ!!

河口湖と西湖を回る40キロコース、河口湖を回る20キロコース。

武蔵野線の始発に乗っても40キロコースには間に合い2008_10_18_3そうもないので、 20キロコースを歩くことにした。

始発から2本目の武蔵野線に乗り、中央線、富士急行と乗り継いで、河口湖駅に着いたのは8時過ぎ。

駅前には専用のシャトルバスが待っていてくれ、それに乗ってスタート・ゴール会場の総合公園へ。

2008_10_18_4 公園に着くと、既にスタートしている人たちとすれ違う。

この大会は一斉スタートではなく、7時受付開始で随時出発とのこと。

そのためか、当日受付も空いていて、係の人たちの「いってらしゃ~い」2008_10_18_5 の声に送られて直ぐに出発となった。

富士山を左手に見て歩きはじめ、しばらく山の中を歩く。

1時間ほどで勝山道の駅の接待所に到着。

2008_10_18_6 ここからは河口湖を右に見ながら湖畔をぐるりと歩くことになる。

河口湖は常に右にあるのだけれど、富士山は右にいったり左にいったりと忙しい・・・。

2008_10_18_7 富士山はうすいもやがかかった状態で、いまいちくっきりはっきりしないのだが、それでも山頂付近は雪で覆われ、その美しい姿を湖の向うに見せてくれた。

日差しもたっぷりで汗が出始め、着ていた上着を脱いだ。

湖を渡ってくる爽やかな秋の風が、半そでの肌に心地よい。

2008_10_18_8 さらに1時間ほど歩いて、河口湖自然生活館。

ここがチェックポイントと接待所。

2008_10_18_9味噌汁をもらい、富士山と河口湖を眺めながら持っていったおにぎりの一 つを食べる。

紅葉はまだちょっと早いが、それでも部分的には赤くなったり黄色くなったりしている。

2008_10_18_13   ススキやコスモスが湖や富士山を背景に美しい。

河口湖大橋を渡ると湖ともお別れ。

ここからは真正面に見える富士山に向かってゴールを目指す。

2008_10_18_14 結局、3時間50分でゴール。

ゴール印を押してもらい、接待所でトン汁と甘酒をもらってお昼となる。

帰りはシャトルバス(お客は4人しか乗っていなかった・・・)で河口湖駅に。

2008_10_18_15信玄餅と高2の息子が集めているご当地キューピー(武田信玄キューピ ーと富士山キューピー)を土産に買って、電車に乗り込んだ。

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2008年10月15日 (水)

オレンジの雨が降り、オレンジの雪が積もる。

雨上がりの今朝、

雲の切れ間から青空がのぞきはじめた。

2008_10_15ちょっと早めに家を出て、職場近くの公園に寄ってみた。

思ったとおり、キンモクセイがオレンジの花びらを降らしていた。

見ている間にもオレンジの小さな花びらが雨のように落下している。

2008_10_15_2 樹の下にはオレンジの雪? が、うっすらと積もっていた。

昼になると子どもたちがかけ回り、このオレンジの雪も蹴散らされる。

間もなく本格的な秋を迎える。

オレンジの雪?(キンモクセイ)(2007/10/17)

金木犀・オレンジのじゅうたんのはずが・・・(2006/9/28)

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2008年10月12日 (日)

歩いてきました港よこはま!(第10回港よこはまツーデーマーチ)

2008_10_12_1 風は少し強かったものの、気温は22度と絶好のウォーキング日和。

昨日、今日と行われた「第10回港よこはまツーデーマーチ」の2日目、20キロを歩いてきました。

2008_10_12_2 うっかり5時にかけた目覚ましを止めてしまっていたものの、徹夜明けの連れ合いに5時半に起こされ、セーフ!

「おにぎり作っといたから」とありがたいお言葉。

2008_10_12_3 6時過ぎに家を出て、武蔵野線、京浜東北線と乗り継いで、8時ちょっと前に桜木町駅に到着。

いつものことながら、既にお達者な年配の方々があちこちに見うけられた。

2008_10_12_4 スタート・ゴール会場の赤レンガパークに向かう途中で、雲や建物の美しさに引きつけられ、シャッターを何回も押していた。

15分ほど歩き、赤レンガパークに到着。

2008_10_12_5 受付をし、ゼッケンや地図の入ったセットものと、ポカリスエットを受け取った。

会場には既にかなりの人たちが集まっていた。

2008_10_12_6 8時45分から出発式。

挨拶や表彰、エアロビの先生による音楽にのったストレッチ体操が行われ、最後にお約束?の「エイ、エイ、オー!」と気合を入れ、9時5分に出発となった。

2008_10_12_7 スタート印を押してもらい、2つの赤レンガ倉庫の間を抜けて山下公園に向かう。

中華街~野毛山公園~保土ヶ谷公園~三ツ沢公園~中央市場入口~神奈川公園~みなとみらい大橋

2008_10_12_8 そしてゴールの赤レンガパークに戻ってくるというコースだ。

今回、三ツ沢公園の奥まったところに、煙突状の塔が2本建っていることに気づいた。

案内によれば横浜市戦没者慰霊塔とのこと。

昭和20年5月29日の横浜大空襲でなくなった、多くの犠牲2008_10_12_9者の冥福と平和への祈りを込めて、昭和28年に建立されたという。(1995年に改修)

2本の塔のうち、左の塔は戦争で被った大きな犠牲と破壊を、右の塔は新生日本が将来に向かって発展する姿を表しているという。

2008_10_12_10
山の中で生まれ育ち、今も海のない埼玉県に住んでいるおすぎとしては、「海」は憧れのひとつだ。

そこに青い空と白い雲、近代的なビル群が合わさると、何2008_10_12_11とも美しく、心を 惹きつけられる。

今日の20キロコースは、3時間45分で完歩となった。

一生懸命歩いているのに、いまひとつペースが上がらな2008_10_12_12いようだ。

まぁ、坂も多かったし、信号も結構あったし・・・。(ぶつぶつ、ぶつぶつ・・・)

☆去年の様子は

 →港よこはまツーデーマーチ

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2008年10月 9日 (木)

ノーベル物理学賞受賞の益川敏英先生は平和を希求する尊敬すべきおっちゃんでもあった!

ノーベル物理学賞を受賞した3人の先生方のテレビでのインタビューを見ていて、「おもろいおっちゃんやなぁ~」(と何故か関西弁が似合う?)と思ったのが、京都産業大学の益川敏英先生だ。

受賞の感想を聞かれ、「いや、たいしてうれしくない」と応えたり、

次の日には奥様から「ほかの2人の方みたいに、素直に『うれしい』と言えばいいのに」と“小言”を言われたエピソードを明かしたり。

かと思えば、同時受賞した恩師の南部陽一郎先生に話がおよぶと、涙ぐみながら、「感情が高ぶっています」と言葉を詰まらせたりと・・・。

なかなか感情・表現とも豊かな、テレビが喜ぶコメントを連発してくれる。

そんな益川先生のテレビには出てこない一面を昨日(10/8)の毎日新聞夕刊が伝えている。

ノーベル物理学賞:反戦語る気骨の平和主義者…益川さん

 ノーベル物理学賞を受賞した益川敏英・京都産業大教授(68)。穏やかでちゃめっ気のある益川さんだが、「反戦」を語る気骨の平和主義者でもある。

 作家の大江健三郎さんらが作った「九条の会」に連動し、05年3月、「『九条の会』のアピールを広げる科学者・研究者の会」が発足した。益川さんは呼びかけ人の1人だ。同時期に誕生したNPO法人「京都自由大学」では初代学長に就任し、市民の中に飛び込んで平和を語った。

 原点は幼少期の体験にある。益川さんは名古屋市に生まれた。小学校入学前、第二次世界大戦を体験し、焼夷(しょうい)弾が自宅の屋根を突き抜けた。「不発だったが、周囲はみな燃えた。

両親はリヤカーに荷物を積んで逃げまどった。あの思いを子孫にさせたくない」と言う。

 05年、自民党が憲法改正に向けた要綱をまとめた。中国で反日デモが相次ぎ、JR福知山線事故が発生した。平和と命の重みが揺らいだ。当時、益川さんは「小中学生は憲法9条を読んで自衛隊を海外に派遣できるなんて考えない。だが、政府は自衛隊をイラクに派遣し、更に自衛隊の活動範囲を広げるために改憲を目指す。日本を戦争のできる国にしたいわけだ。僕はそんな流れを許容できない」と猛然と語った。

 1955年、アインシュタインら科学者11人が核兵器廃絶を求め「ラッセル・アインシュタイン宣言」に署名した。その1人が益川さんが尊敬する日本人初のノーベル賞受賞者、湯川秀樹博士だ。「湯川先生の原動力は核で人類が滅ぶ恐怖だったと思う。僕はより身近に、一人一人の今の生活を守りたい。その実現に、戦争はプラスですかと問いたい。殺されたって戦争は嫌だ。もっと嫌なのは自分が殺す側に回ることだ」と強調する。

 受賞から一夜明け、「専門外の社会的問題も考えなければいい科学者になれない。僕たちはそう学んできた」と力を込めた。【奥野敦史】

「専門外の社会的問題も考えなければいい科学者になれない。」

この言葉は、確かに科学者に向けられた言葉かも知れない。

が、同時にそれは私たち一人ひとりにむけられた言葉でもあるだろう。

京都自由大学

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2008年10月 7日 (火)

もえちゃんが感じたヒロシマ

毎週月曜日発売になるアエラに、押切もえちゃんの[日々、萌え。]が連載されている。

おっさんであるおすぎは、結構このページが好きである。

今週('08.10.13)は「広島へ女二人旅。胸締め付けられた。」と題した旅行先での話しが書かれていた。

高校時代の友人と二人で訪れた広島。

あなご飯を食べ、宮島に渡って厳島神社でお参りをし、夕陽を眺め、アワビや牡蠣を食べ・・・とリラックスした1日目。

2日目は広島焼きを食べ(結構食べ物ネタが多いんですよ)、そして初めての原爆ドームへ。(そして資料館へ)

そこでもえちゃんが感じたのは・・・。

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 止まったままの時計、熱線のすさまじさを語る写真もすごかったけれど、一番印象的だったのは、町のわずか400メートル上空で原子爆弾が爆発してきのこ雲ができている様子を表した街の模型です。原子爆弾がどんな風にそこに生きていた人の命を奪ったのかを改めて知って、胸が締め付けられるようでした。

 辛い資料ばかりでしたが、現実を見つめないと自分に何ができるのか分からない。平和は、現実を知ることから始まるということを実感しました。

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この記事を読んで、改めて若い人たちに広島を訪れてほしいと思った。

原爆ドームを見てほしい。

平和資料館を見てほしい。

ヒロシマを感じてほしい。

☆もえちゃん、ブログにも書いていました。

 → Moe mode 「広島へ。」

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2008年10月 5日 (日)

幸せな時間(「平和」は我が家から・・・101)

今日は17歳になった高2の息子の誕生会。

誕生日にはみんなの都合がつかず今日お祝いすることになっていた。

お勝手では連れ合いと姉ちゃんがあれこれ話しながら食事の準備をしている。

大学3年生の息子は、プレゼントを買って6時半には帰るとのこと。

私はパソコンに向かって、パコパコしている。

当人は部活から戻って、食事のできるのを待っている。

7時前にはみんながそろい、ハッピバースデイを歌いながら誕生会が始まった。

ケーキの火を吹き消した後、

姉ちゃんが3人の母子手帳を見ながら、生まれた時の体重やら身長を読み上げる。

「ボクが一番小さかったけど、いまは一番大きい」と17歳が言う。

しばらく3人の生まれた時の話し

救急車に乗った話や病院通いの話し

17歳は知らない旅行先の話し・・・。

食べながらアレコレと話しがはずむ。

「幸せな時間」という言葉が頭を過ぎる・・・。

5人でこんな風にして卓を囲めるのも、あと1年半くらいかな・・・。(と、ちょっとしみじ

みしてしまう)

今日のプレゼントは次のとおり。

☆おすぎからは携帯の機種交換(高い!)

☆連れ合いからは洋服

☆大3の息子からはイヤホーン

☆そして姉ちゃんからは「腹筋のやつ」というリクエストにお応えして

これだぁ!
2008_10_5

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2008年10月 4日 (土)

10/4都歩の日・第1回多摩川ウオーキングフェスタ

2008_10_4_1 ネットでの締切最終日にギリギリセーフでの申込をしたこの大会。

羽村からスタートする50キロコース(抽選)もあったけれど、無理をせず国立・矢川上公園をスタートし、大田区のガス橋緑地まで多摩川を歩く302008_10_4_2キロコースを選択した。

  6時に家を出て、7時前に会場に到着。

受付を済ませて30分ほど待ち、定刻の7時30分に出 発。

2008_10_4_3町中をしばらく歩くと多摩川の土手にぶつかり、ここからはほとんど信号のない、ひたすら川沿いを下って行くコースの始まり。

京王相模原線の高架をくぐったところで、20キロコースの出発と合流。

2008_10_4_4小田急線の高架をくぐった多摩川緑地公園で12キロコースの出発と合流。

遊歩道がかなり人で詰まってくる。

このあたりで、羽村から歩いてきた(走ってきた?)50キロコースのメンバ ーに追い越され始める。

2008_10_4_5東急田園都市線の二子玉川駅の手前で8キロコースの出発と合流。

東海道新幹線の高架をくぐりしばらく行くと、ゴール会場のアドバルーンと2008_10_4_6 テント群が見えてきた。

「お、今日は5時間を切りそうだ」と思ったのは早とちり・・・。

ゴールの脇を通り抜け、さらに下流に1キロ歩いて折り返すとのこと。

2008_10_4_7この最後の20分間がかなりきつく感じられ、おまけに左足にできたマメの痛みも出てきた。

最後はバテバテでゴール。5時間20分!

2008_10_4_8でも今日は東京都も共催しているイベントということもあり、出店されているテントの数も多く、お目当ての生ビールも安価で提供されていた。

ビールを飲みながらおにぎり(連れ合いの手づくり)を食2008_10_4_9ベ、今日の新兵器?=バナナケースを取り出してみた。

ちょっと気恥ずかしくなるその形状・・・。

が、中に入れたバナナは無傷の状態。

おいしく食べられた。

帰りは下丸子の駅まで歩き、電車を乗り継ぎ、途中でお土産にコージーコーナーのジャンボシューを買って帰った。

結構暑く、バテバテの一日となった。

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