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2008年1月19日 (土)

寒いけど暖かい? 梅開花、タンポポも!

ここ数日、寒い日が続いている。

明日の夜からは埼玉県も雪になりそうだとの予報が出ている。

2008_1_19_1 一昨日の木曜日、いつものように昼休みのお散歩で出かけた職場近くの公園で、梅が咲いているのを見つけた。

火曜日に通ったときには気がつかなかったので、16日の水曜日ごろ咲き始めたようだ。

この公園の去年の「梅の開花宣言」(とおすぎが勝手に決めたのだが)は、1月22日だった。

今年は去年に比べ、5~6日早く咲き始めたようだ。

午前中はいつものようにウォーキングに出かけた。

2008_1_19_2 荒川につながる黒目川の土手沿いを歩いていて発見したのが、なんとタンポポ!

南斜面にひとつだけ、地面にはいつくばるように枯れ草の中に咲いていた。

他にもあるかと気をつけながら歩いたが、このひとつ以外は見つからなかった。

今年の冬は寒いと感じるが、年間を通してみると、やはり少しずつ暖かくなってきているのだろう。

梅が咲きタンポポまで咲き始めて、寒中なのに少しずつ春の息吹を感じる。

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2008年1月18日 (金)

サイフを拾いました!届けました!!

いつものように職場の最寄り駅のひとつ前で下車。

大回りで職場に向かう途中の路上でサイフを拾いました。

中を見ると現金のほか免許証やら学生証・・・。

「さぁ、その時あなたは?」

・・・と、迷うことなく途中にある交番に向かいましたよ。

交番ではこちらの住所と名前を書いて、

「いっしょに中を確認してください。権利関係がありますから」とおまわりさん。

サイフから現金やらカード類をすべて抜き出し、金額を確認します。

結局、3万数千円入っていました。(学生にしては金持ち! さすがN大と思いつつ・・・)

「権利はどうされますか」とおまわりさん。

「放棄します」と私。

「落とし主の方がお礼を希望した場合、電話を入れてもいいですか」とおまわりさん。

「いいえ、結構です」と私。

本署に連絡し、落し物番号を記入して、複写の1枚を受け取った。

朝の貴重なウォーキングタイムを15分も削られてしまったが、「いいことしたかな」という満足感を引き換えに得ることができた。

家に帰ってこの話をすると、連れ合いから冗談半分に

「えっ、3万円! もったいない!」とお叱り?を受けてしまった。

おすぎはかつて3回サイフを落としたことがある、

1回目:高校1年生のとき、友人といっしょに江ノ島に初日の出を見に出かけた。アルバイトでもらった2万円ほど入ったサイフをトイレに忘れてしまい、気がついてもどったが既に遅かった。

2回目:結婚してすぐの頃(23年くらい前かな・・・):家の近くで落としたが、気がついて交番に行ったら届いていた。

3回目:18年くらい前かな・・・。出張先で時間をつぶそうと入った映画館のトイレ(またトイレ!)で忘れてしまったが、こちらが気づく前に館内放送で呼び出された。

と言うわけで、「2勝1敗」の成績。

あきらめていたものが届けられていたときの喜びはよくわかっている。

自分が拾ったときには届けよう、そう思ってくれればいい。

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2008年1月16日 (水)

えっ! こんなものまで!!(受験生菓子)

2008_1_16_2 今週末の19~20日に行われる大学入試センター試験を皮切りに、受験シーズンに突入する。

あちこちのスーパーやコンビニでは、いわゆる「受験生菓子」の特設コーナーが目立っている。

我が家の近所のスーパーでは「受験生菓子」「節分」「バレンタインデー」の3段構えで棚を設置していた。

定番? のキットカット(きっと勝つと)やカール(ウカール)の他にToppo(Toppa=突破)なんていうのも並んでいて、結構楽しませてくれる。

2008_1_16_1 アイスクリームを買って帰ろうと、ケースをのぞいて見て驚いた。

「ジャイアントコーン」とかなりきびしいが・・・。

これは棚に並べるわけには行かないけど、気がつく人がいるのかなぁ、とちょっと心配になった。

それにしても、なんと商魂たくましきことか・・・。

ことしは我が家には受験生はいないけど、受験生を抱えた家族の皆さん、この1~2ヵ月が勝負ですね。ボチボチやってください。

まぁ、熱くなったときには、この「ジャイアントコーン」なんか、ピッタリかも?

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2008年1月15日 (火)

「平和」を見つめる若い感性(現代学生百人一首)③

ことしも東洋大学「現代学生百人一首」の入選作品が発表された。

このイベントは1987年に東洋大学が創立100周年記念事業の一つとして始めたもので、この21年間に寄せられた作品総数は82万首を超えているという。

寄せられた作品のなかにはその時代の平和の状況を代表したものも多い。

新しい平和がみえたヨーロッパやっと解けたよベルリンの壁
(高3女子・1990年)

アメリカのテロ報復が行き先を変えてしまった修学旅行
(高2女子・2002年)

戦争の終わりの証は何ですかイラクの瓦礫に立つ子どもたち
(高2男子・2006年)

15日に発表された、ことしの作品のなかから、平和や戦争に関するものを拾ってみた。

これ以外にも「31文字」に込められた感性豊かな学生たちの短歌がたくさん寄せられているので、ぜひ東洋大学のサイトをご覧いただきたい。

第21回東洋大学「現代学生百人一首」

無言館絵のうったえに答え出ず何をすべきかたたずむ私
(東京都 中学2年生)

「俺は何故生き残ったんだ」涙する祖父の背中に言い返せぬ夏
(神奈川県 高校1年生)

猛毒の枯れ葉剤でもドクちゃんの生きる希望は枯らせなかった
(京都府 専門学校1年生)

八月の長崎の空ためらって大雲は影をやさしく落とす
(長崎県 高校1年生)

この他にも、大学が主催している短歌や俳句のコンクールがある。

それぞれ「優秀賞」「入選」などと選考委員会が選んでいるが、おすぎにはその違いをわかるだけの力が無いので、順不同で以下に掲載させていただく。

第6回同志社女子大学「SEITO百人一首」短歌コンクール

涙さえあとかたもなく奪いさる深き悲しみ広島の夏
(徳島県 高校2年生)

忘れへん楽しかった思い出と沖縄の人の笑顔と戦争
(大阪府 高校1年生)

広島で大きい骨のそばにある小さい骨見て平和を願う
(シンガポール 高校1年生)

近代史この1ページでどれだけの尊い命が奪われたのか
(千葉県 高校3年生)

黒板の先生が描いた戦争の絵胸に残ったチョークの傷跡
(岩手県 高校1年生)

龍谷大学第5回青春俳句大賞

椅子一つ足らぬ机や沖縄忌
(茨城県 大学4年生)

雑草の中大樹あり沖縄忌
(千葉県 大学1年生)

國學院大學第9回高校生創作コンテスト

【短歌の部】

爆音を 響かせ飛ぶは 軍用機 横田の空へ 吸い込まれゆく
(山梨県 高校3年生)

行脚する 八月六日の 雲のない 広島の空 平和を祈る
(山梨県 高校2年生)

【俳句の部】

飛車の駒 まっすぐ進む 原爆忌
(青森県 高校3年生) 

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「平和」を見つめる若い感性(現代学生百人一首)②

「平和」を見つめる若い感性(現代学生百人一首)

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2008年1月14日 (月)

息子の成人式(「平和」は我が家から・・・89)

2008_1_14 今日、上の息子が成人式を迎えた。

大学の入学式の時につくったスーツを着て、中学時代からの友人たちといっしょに、市の成人式に出かけて行った。

案内によれば、恩師とのクイズ大会や抽選会などもあるとのこと。

まぁ、今夜は遅くなるんだろうなぁ・・・。

我が家には、子どもたちのちっちゃい時の写真が飾ってある、というよりは、不規則にあちこちに貼ってあったり、おいてあったりというほうが正しいかも・・・。

そんな写真を見ながら、成人式を迎えた息子の小さいときを思い出してみた。

【出産のとき】

生まれたのは、12月のだいぶ押しつまった頃。

夜になって破水し、病院に向かおうとタクシーをさがしたが、折からの忘年会・クリスマスシーズン。空車はなく、客を乗せたタクシーばかりが通り過ぎる。(この時にはまだ我が家には車がなかった)

駅まで行けば・・・と思って行ったものの、そこには長いタクシー待ちの列。

結局、大きなお腹を抱えた連れ合いと入院用の大きな荷物を抱えた私は、1.5キロを歩き通し、なんとか病院に到着したのだった。

【病気のこと1】

6ヵ月くらいの時だったと思うけど、職場に連れ合いから電話が入った。(まだ、ケータイの無い時代)

「血便が出てるみたいだからこれから救急車で病院に行く」というような。(そんな、大げさなと思ったような・・・)

救急病院では処置できず、そこから日大病院に向かった。

結局、腸が重なってしまい、放っておくとそこが壊死してしまう腸重積という病気だった。

こちらも日大病院に着き、お医者さんから説明を受けた。

「高圧浣腸でバリウムをおしりから入れる」

「それでもどらない場合には、バリウムを入れているので、固まらないうちに開腹手術をする」

そんな内容だったと思う。

二人で先生に「よろしくお願いします」と深々と頭を下げたのを覚えている。

結局、浣腸で無事に重なっていた腸が元にもどり、大事に至らずに済んだ。

この時ほど、お医者さんが頼もしく、ありがたいと思ったことはなかった。

「わずかな血便を私が見逃さなかったからよ。母の勘っていうやつですかねェ」と今でも連れ合いが言う。

【病気のこと2】

4~5歳の頃の写真を見ると、左側の黒目が内側に寄っている。

内斜視という目の病気だ。

ちょうど下に弟が生まれ、両親の関心がそちらに集中してしまっていた頃だ。

保育園の先生が先に気づき、初めは冗談でやっているのかと思っていたが、元にもどることもあるけれど、しだいに内側に寄っていってしまう。

「遠視が強すぎてなることもある」と眼科の先生に言われた。以降、遠視矯正用のメガネをかけるようになった。

検査の前には眼孔を広げるために点眼をするが、これをつけると光をとてもまぶしく感じるようで、しばらくは明るいところに出るのを嫌がったりしていた。

病院通いの車のなかで聴きながらいっしょに歌っていたのが、南こうせつの「まき割りはつかれますね~、お父さん♪♪」という、確か「うちのお父さん」という曲だった。

結局、小学校に上がる前の春休みに手術をすることになった。

眼球をを引っ張っている外側の方の筋肉を数ミリ切り取ってつなげ、黒目を真ん中にもってくるというものだ。位置が合うかどうかはお医者さんの腕にかかっている・・・。

手術が終わり、全身麻酔から覚め始めると、息子がストレッチャーの上で大声を出し、暴れ始めた。

先生といっしょに押さえつけた。その手に噛みつこうとしつつ息子の放った言葉。

「離せー、くそじじい!!」と言いたい放題・・・。


と、そんな息子も今日が成人式。

こわい姉ちゃんと大きな弟に挟まれて、大きな病気もしつつ、よくぞ育ってくれました。

のんきな大学2年生の君に、注文はいろいろあるけれど、

いまは「成人おめでとう」の言葉を送りたい。

(今日だけだよ、明日からはまた小言を言うからね!)

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2008年1月13日 (日)

お母ちゃんの涙

お母ちゃんの具合が悪い。

介護老人施設に入所しているお母ちゃんの具合が芳しくない。

12月中旬に何度か吐いた後、暮れには食事があまり食べられない日が続いていた。

12月30日が88歳の誕生日だったので、小さなケーキを持って顔を見に行ったが、食べることはできなかった。

帰るときには弱気な言葉を口にしていた。

1月になって兄貴から電話が入り、病院で検査した結果、何か食道に障害ができ、上手く飲み込めないのだということだった。「話しもしなくなったし、もうあまり長くないかも知れないよ」

寝たきりになっちゃってるのかな・・・、と思いつつ、何か食べられるものがあればと、カステラやプリンなどをもって、連れ合いといっしょに顔を見にいった。

一人部屋に移っていて、ちょうど湯冷まし? を吸いのみで飲ませてもらっているところだった。

顔色もよく、誰だか分かったらしくうれしそうに笑ってくれた。思ってたよりはずっと元気そうだった。

「朝ごはんは食べましたよ。お昼は少ししか食べなかったけど。」と介護の方が教えてくれた。

痰が切れなくなったようで、時々吸引をしてもらっているようだ。

こちらから話しかければ応えようとして、一言返してくれるが、それ以上は上手く言葉が続かない。

舌が小刻みに動き、何かしゃべりたいのにうまく言葉にできないようだ。

しばらくそばにいて、話しかけたり、話すことを聞き取ろうとしながら過ごした。

帰ろうと「じゃあね、また来るからね」と手を振ると

出ない言葉で「さみしいよぉ」と言って泣き始めた。

連れ合いがお母ちゃんの顔をなぜながら「泣かないよ~。また来るからね。ごはん食べてね。」と。

10月に亡くなった連れ合いの父親も、最後に見舞いに行った帰り際には、管につながれ動けない顔をくしゃくしゃにしながら泣いていた。

お母ちゃん、いつまで生きていてくれるんだろう・・・。

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2008年1月11日 (金)

面白い話し(「平和」は我が家から・・・88)

連れ合いが苦手の英語論文を解釈し、徹夜でレポートを仕上げ、無事?発表を終えてぐったりした姿で家に帰ってきた。(首尾の方は怖くて聞けていないが・・・)

おすぎのつくった夕御飯を食べ終わると、ストーブの前でごろりと横になった。

そのまま寝ちゃうのかと思いきや、「あ~ぁ、疲れたぁ・・・。何か面白い話しない?」と聞いてきた。

一瞬の沈黙の後、大学2年生の息子がポツッと話し始めた。

「そういえばさぁ、おいら昨日の夜、電車の中でゴミ箱抱えているおじさん見ちゃったよ」

何でも、乗り合わせた有楽町線の車内に、でかいゴミ箱を抱えたまま座っている酔っ払いのおじさんがいたとのこと。

「そのおじさん、時々ゴミ箱倒すもんだから、みんなからうるさがられてた・・・」って。

結局、都内から和光市までいっしょに乗ってきたらしい。

「ゲロはいてたのかな・・・」と聞くと

「中身は空っぽだった」とのこと。

どこかの駅のゴミ箱を抱えてきたのだろうか・・・。

それとも・・・。

酔っ払いおじさんがゴミ箱抱えて居眠りしている様子が見えるかのように、ひとしきり、みんなで大笑いさせてもらった。

「こんどそんな人がいたら写メールしてね」と息子に頼んでおいた。

「あ~ぁ、酒飲みはイヤだね・・・」と自戒しながら・・・。

しばらくすると、この話しでリラックスできたのか、連れ合いは静かに眠り始めた。

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2008年1月10日 (木)

ネットカフェ難民(WEB埼玉・埼玉新聞)

埼玉新聞が「見えない貧困」と題する連載記事を始めた。

憲法・暮らしに直接関わる内容を現場から具体的にレポートしようとするもので、憲法25条で保障された「生存権」をテーマにしている。

1月7日から始まった第一部は「埼玉発 崩れる暮らしと仕事」で「ネットカフェ難民」をとり上げている。

我が家では残念ながら「埼玉新聞」はとっていないが、今日からやっと「WEB埼玉」に掲載され始めた。

サウナ、カプセルホテル、一泊数千円の簡易宿泊所、健康ランド、ネットカフェ・・・。
ここ十年、県東部を中心にさまざまな場所で寝泊まりを続け、週3~4日派遣で働いている44歳の男性の日常を追っている。
今日までの4回分が掲載されている。

「ネットカフェ難民」の後は契約社員など「不安定雇用」、「母子家庭の現実」などと続き、貧困を構造的に生み出す格差社会とは何かをいっしょに考えていこうという意欲的な連載企画である。

皆さんにもぜひお読みいただければと思い、ご案内します。

→ WEB埼玉「見えない貧困」

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