« 2007年7月 | トップページ | 2007年9月 »

2007年8月31日 (金)

夏のおわりに(「平和」は我が家から・・・81)

今日は8月31日。

連れ合いの誕生日だ。

日中、連れ合いが出かけていたのをいいことに、料理はサボってピザを取ることにした。

もちろんケーキは不二家のチョコ生ケーキを用意した。

プレートに名前も書いてもらった。

「ろうそくは何本必要ですか?」と聞かれ、「大きいの5本お願いします」と応えた。

誕生日の「広報」が効いていたようで、子どもたちもそれぞれプレゼントを用意していた。

お姉ちゃんからは1ギガのUSBメモリー(これで論文書いてねって)。

大2の息子からはTシャツ3枚(1枚は長袖だという。息子らしからぬ気のききよう)。

高1の息子からはキッチンタイマー(使っていたのが行方知れずになり困っていた)。

そして私からは中古のノートPC(切れかけたネックレスか壊れかけたノートPCの代替を選んでもらったらこちらになった)。

20070831 ちょっと高いものになってしまったが、まあ大台突入のお祝いだ!

8月31日。連れ合いの誕生日。

そして夏も終わりだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月29日 (水)

海へ(「平和」は我が家から・・・80)

結局、今年も海に出かけることになった。

毎年、「これが最後になるよね・・・」とちっと感傷に浸りながら出かけていた夏休みの海。

ところが、高1になった息子は今年も行く気満々・・・。

それならと、部活や夏期講習にぶつからない日程を調整した。

8月27日~29日。

「あぁ、それならオレも行ける。バイトないし。」と大2の息子。

「オイオイ、何かないのかよ・・・」

と言うわけで、結局、仕事の姉ちゃんを残して、4人で出かけることになった。

行った先は、もう20年近く通っている新潟の海。

高1の息子がテニスをやりたいというので、前にも泊まったテニスコートが近くにある宿にした。

27日の昼過ぎに着いたが、雨がパラパラ・・・。

海の家の駐車場にはほとんど車も止まっていない。っていうか、海の家も閉まっているところが多い。

海岸に出てみたが、泳いでいる人の姿なし・・・。

とりあえずお昼にして、それから考えよう!ということになった。

入った店は、以前にも寄ったことがある「日本海夕陽ブルワリー

ここで美味しいランチに出会った。

<ピザランチ>
サラダと自家製パン(パンはお代わり可)。
20070827_2ピザ(「かなり大きいですけど、皆さん一人前ずつでいいですか?」と念を押されるほどの大きさ)。
飲み物(連れ合いは越後の地ビール・コシヒカリラガー。運転手はコーヒー・・・)
デザートに美味しいケーキまで付いて・・・。

これで1,000円!!(パスタランチも同額)

超リーズナブルで大満足・満腹。(次の日もここでお昼!)

お昼を食べ終えると外はお日様が・・・。

それならばと再び海へ。

波はちょっと高めだけど、波打ち際でパシャパシャするには大丈夫。

3~4グループで、海岸は貸しきり状態。

20070827 波打ち際でパシャパシャするどころか、楽しそうに砂遊びに興じる大2と高1の息子たち。

こんなんでいいんだろうかと思いながらも、こっちまで楽しくなってくる。

2日目は残念ながら雨。

夜までには上がってくれないかと祈りつつ、寺泊水族館(5~6回来たことがあるけど、無料だったのは今回が初めて)。

そして申し訳ないという気持ちも持ちつつ、柏崎へ。倒壊した家やブルーシートの家々・・・。

お昼は前日と同じところで食べ(再び満足!)、早めに宿に帰還。

今度は卓球で大はしゃぎしてしまった。

残念ながら皆既月食は見ることができず、屋上の貸切風呂から雨粒の落ちる空を見上げた。

3日目はカーテン越しに入ってくる朝日で目が覚めた。

午前中は待望のテニス勝負。

フルセットのジュースまで持ち込んだけれど、結局、高1の現役には負けてしまった。(うまくなった息子に満足!)

最後にもう一度海に入り、帰路に着いた。

今年の海が最後になるかな・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年8月19日 (日)

連休の過ごし方(最終日・雨降ってマメ固まる)

10日間の連休が幕を閉じる。

暑~い10日間だった。

その最後を締めくくるように、雨が降り始めた。

が、雨は降っているのに地面はまだ乾いている。

それほど大地は熱していたのだ。

一方、やけどのように熱して水を持っていた左足のマメの痛みが引き、歩いても痛みを感じなくなってきた。

「雨降ってマメ固まる」である。

明日からは仕事。

また、歩き始める。

「パパとムスメの7日間」の最終回を見ながら、連休の最終日が終わる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月18日 (土)

連休の過ごし方(9日目・「休足日」)

結局、朝になっても左足のマメの痛みはひかなかった。

ワンコの散歩で様子を見たが、痛みをかばうぎこちない歩き方になってしまい、無理をすると他を痛めそうな気がした。

と言うわけで、今日のウォーキングは断念。「休足日」にすることにした。

たまたま昨日、高1の息子にTSUTAYAから「24シーズンⅤ」の残りを借りてきてもらっていた。

Vol.6~12まで。朝の8時半から見はじめ、お昼をはさんで午後6時まで見続けた。

結局、「休足日」はジャック・バウアーと一日を過ごしてしまった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月17日 (金)

連休の過ごし方(8日目・足にマメ)

週末をむかえた。来週からは出勤である。

今朝もいつものようにウォーキングをしたが、途中から左足のマメが気になり始めた。

実は一昨日、ちょっと欲張って長めのウォーキングをしたときに、靴の内底の表面がはがれた部分にマメができ始めた。

昨日は水を抜いて、朝・晩ともそんなに支障なく歩けたのだが。

家に帰り、ワンコの散歩をし、シャワーを浴びた後でよく見ると、昨日よりはさらにカカトよりの所に新しいマメができていた。

だんだんと痛みが激しくなり、歩くにも支障をきたすようになってしまった。

新しいマメのところだけではなく、近くの古いマメも含めて、左足の土踏まずから指先に近い方の全体が痛み始めた。

カカトで歩くか、足の裏をなるべくつけないようにして歩くか・・・。

結局、覚悟を決めて水をもう一度抜き、消毒をしてバンドエイドをはった。

その上から5本指靴下をはいた。

歩き方が変なので、足が痛いことが家族みんなにバレてしまった。

「歩きすぎなんじゃない?」という声。

夜の散歩は中止した。

明日の朝はどうだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月16日 (木)

連休の過ごし方(7日目・暑い!)

今朝もウォーキングに出かけた。

が、しばらく歩くと両腕から汗が噴出し始めた。

汗を拭きふき歩いたが、いつもよりは短い距離でUターンした。

帰って、ワンコの散歩をした後は家に引きこもった。

午前中は扇風機で過ごそうと思ったのだが、10時には33度になり、ワンコにもせがまれ、クーラーをつけた。

日中、熊谷では40.9度を記録したという。

体温よりも数度高い気温だ。

この暑さ、いつまで続くのだろう・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月15日 (水)

連休の過ごし方(6日目・友、近方より来る)

今朝は2時間40分と、ちょっと長めのウォーキングをした。

家に帰り、ワンコの散歩をしてシャワーを浴びた。(ここまでは毎度おなじみのパターン)

今日は午後から友人が訪ねてくることになっていたので、連れ合いとバタバタと掃除なんぞをしてみた。

なにぶんの猛暑。再び汗びっしょりになった。

お昼の準備も間に合わないうちに「ピンポ~ン」

まぁ、いいか。

12時前に訪ねてきた友人は、同じ市内で、おすぎも連れ合いもよく知っている人。お互いに気を使う必要はない。

いっしょにお昼を食べ、飲み(友人は麦茶、私と連れ合いは麦酒)、ガハハッと笑い、深刻な話しから些細なことまで、まぁ次から次へと出てくる出てくる・・・。

結局5時近くまで、トイレに立つこともなく、食べ続け(スイカ・お菓子・アイス・・・)、飲み続け(ビール・お茶・コーヒー・お茶・・・)話し続け(連れ合いのこと・子どものこと・仕事のこと・日本のこと・・・)・・・。

友人が帰った後は、さすがに二人とも疲れを感じてゴロンとなった。

友、近方より来る。少々疲れる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月14日 (火)

連休の過ごし方(5日目・今年もバウアーが・・・)

連休も5日目となるとパターンができてくる。

朝、6時前に出かけ、2時間ほどのウォーキングをしてもどり、ワンコの散歩。

そしてシャワーを浴びて・・・。

2007_8_14 そこに今日はジャック・バウアーが登場してしまった。

夕べ、TSUTAYAに出かけた連れ合いが「24シーズンⅤ」のvol.1~2を借りてきてしまったのだ。

ジャック・バウアーとは、去年のおすぎの夏休みを食いつぶした怪物である。

1シリーズ、24時間仕立てのドラマで、見始めたら止まらなくなる。

それを去年はシーズンⅠ~Ⅳまで見続けてしまったのだ。

(→ジャック・バウアーと過ごした夏

怖さを知っているので、今年はそこには近づくまいと思っていたのだが、連れ合いが・・・。

結局、8時半から12時近くまで、今日は珍しく早く起きだしてきた上の息子と連れ合いと一緒に見続けてしまった。

今日観たのは「シーズンⅤ」の4時間分。

まだ20時間分残っている。

全部見るとなると3~4日はテレビの前から離れられなくなる。

う~ん・・・。

久しぶりに見たジャック・バウアーは、生え際が後退し後頭部も広がって、おすぎに近づいてきた。ますます親しみが持てる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月13日 (月)

連休の過ごし方(4日目・家族一緒に)

朝方は雲が多く、お陰でここ数日では一番過ごしやすい朝だった。

昨日に比べると、あまりバテもせずに2時間のウォーキングを終えた。

家に帰り、ワンコの散歩をしてもまだ余力があったので、植木の剪定をすることにした。

カナメモチの枝を落とす剪定ばさみの音で連れ合いが目を覚ました。

なんとものんびりした朝である。

午後から、連れ合いの母親の新盆で線香をあげに出かけた。

お姉ちゃんも仕事が休み。

上の大学2年の息子もバイトが休み。

高1の息子も部活が休み。

結局、おばあちゃんが亡くなって以来のフル乗車。クーラーをつけると車が苦しそうだった。

線香をあげて、仙人のようになったおじいちゃんの顔を見て帰路に着いた。

おばあちゃんが2月に亡くなって以来、食も細くなり、横になっている時間が多くなっているという・・・。

帰路。迷わなくてもいい道を迷っているうちに、お腹が空いてきた。

久しぶりにみんながそろったので、ご飯を食べていこうということになった。

2007_8_13_2 焼肉vsハンバーグで、焼肉派の勝ち。

なんだかんだと言いながらも、家族みんなでご飯を食べられるのはいいものだ。

お腹にたっぷりとお肉をため込んだので、少し消化しようと駅までのウォーキングに出かけた。

一昨日は夜にもかかわらずジージーと鳴いていたアブラゼミの声は聞こえなかった。

その代わり、草むらから虫の音が聞こえてきた。

季節の変わり目をむかえている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月12日 (日)

連休の過ごし方(3日目・母の顔を見に)

昨日よりちょっと早めに朝のウォーキングに出かけた。

2時間半ほどで戻ってきたが、バテバテ・・・。

2007_8_12 途中でのぞいた関越は、ご覧のとおり下り斜線が既にびっしり。昨日より混み方が激しいようだ。

今日は久しぶりにお母ちゃんの顔を見に行くつもりだったが、これでは関越は使えない。

下を走った方が早そうだ。

家に帰り着き、ワンコの散歩をしてシャワーを浴びた。

ビールをグビッ!とやりたかったが、グッとこらえて氷たっぷりのレモン水をつくり、ちびちび飲みながら高校野球を見始めた。

午後から、連れ合いといっしょに、お母ちゃんの顔を見に車で出かけた。

関越は使わずに下を走って3時間で到着。

途中でお母ちゃんの好きな(というよりは私が好きな)酒まんじゅうを買っていき、みんなでむしゃむしゃと食べた。

話は全然合わないけれど、この施設に移って8ヵ月。とりあえず元気にしていてくれるのがありがたい。

「ごちそうさまね」とお母ちゃんが車イスから手を振って見送ってくれた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月11日 (土)

連休の過ごし方(2日目・ワンコと一緒にクーラーにあたる)

さすがに昨日のような炎天下のウォーキングは連れ合いからもダメだしされた。

そんなわけで今日は早朝のウォーキングをしてみることにした。

と言っても、家を出たのは6時近くになっていたのだが。

2007_8_11_1 この時間には、すでに多くの老々男女が用水沿いの木陰の道を歩いていた。

樹々が日差しをさえぎってくれるので、結構快適に歩くことができる。

1時間進んでUターンしてもどってきた。

家に帰ると、ワンコが散歩を待っていた。

が、さすがに暑いらしく、ウンチを終えると一目散に我が家にもどりたがった。

2007_8_11_2 午前中から、ガンガン熱い太陽が照りつけ、庭のワンコも苦しそうに「クゥ~ん、クゥ~ん」とうなりだし、家の中に入れてくれと、サッシをがりがりやり始めた。

仕方がないので、部屋の中に入れ、扇風機の風を当ててやった。

午後になると部活の高校生も帰ってきて、家の中の暑さが倍増し、クーラーをつけることにした。

2007_8_11_3 クーラーをつけると、室外機に近いワンコの小屋には熱風がモロに入るため、もう一度家の中に入れてやることにした。

クーラーと扇風機の風が心地よかったのか、ワンコの顔も穏やかになった。

それにしても暑い!

夜、近くの駅まで連れ合いと散歩に出かけた。

途中の木々の上で、アブラゼミがジージーと大合唱だ。

いくら暑いとはいえ、もう午後9時も回っている。どうなっているんだろう?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月10日 (金)

連休の過ごし方(1日目・歩いて泳いで・・・)

今日から10連休である。

とりあえず初日はのんびりしようと決めていた。

部活で出かける高1の息子と前後して、8時に家を出た。

目指すは9時開場のプール。

家から約1時間のウォーキングだ。

プールに着いたときには汗びっしょり!

シャワーで汗を流してから流れるプールで歩いたり浮かんだり泳いだり、ジャグジーでゆったり身体を伸ばしたり・・・。

1時間ほど過ごして、再び炎天下の川沿いの道を家まで歩いて帰った。

2007_8_10_3家に着いて再びシャワーを浴びて、そしてビール!!(正確には「その他の醸造酒(発泡性)①」だけれど・・・)

余談になるが、この「金麦」はなかなか美味しい。

サントリーのコマーシャル上手かもしれないけれど、イメージキャラクターの檀れいさんと流れる音楽と映像がとてもよくマッチして、「このビール?飲んでみたい」と思わせてくれる。

午後は久しぶりにクーラーの効いた部屋で午睡を楽しんだ。

連休の始まりは気持ちがゆったりする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月 9日 (木)

8月9日・ナガサキ

今日は62回目の長崎原爆の日。

4月の市長選の最中、凶弾に倒れた伊藤一長前市長の意思を受け継ぐ形で、田上市長が「平和宣言」を読み上げた。

原爆投下は「しょうがない」と言った地元長崎の久間前防衛大臣には、この宣言は届かないのだろう・・・。

長崎平和宣言

  「この子どもたちに何の罪があるのでしょうか」

 原子爆弾の炎で黒焦げになった少年の写真を掲げ、12年前、就任まもない伊藤一長前長崎市長は、国際司法裁判所で訴えました。本年4月、その伊藤前市長が暴漢の凶弾にたおれました。「核兵器と人類は共存できない」と、被爆者とともに訴えてきた前市長の核兵器廃絶の願いを、私たちは受け継いでいきます。

 
 1945年8月9日、午前11時2分、米軍爆撃機から投下された1発の原子爆弾が、地上500メートルで炸裂しました。

 猛烈な熱線や爆風、大量の放射線。

 7万4千人の生命が奪われ、7万5千人の方々が深い傷を負い、廃墟となった大地も、川も、亡骸で埋まりました。平和公園の丘に建つ納骨堂には、9千もの名も知れない遺骨が、今なお、ひっそりと眠っています。

 
  「核兵器による威嚇と使用は一般的に国際法に違反する」という、1996年の国際司法裁判所の勧告的意見は、人類への大いなる警鐘でした。2000年の核不拡散条約(NPT)再検討会議では、核保有国は、全面的核廃絶を明確に約束したはずです。

 しかしながら、核軍縮は進まないばかりか、核不拡散体制そのものが崩壊の危機に直面しています。

米国、ロシア、英国、フランス、中国の核保有5か国に加え、インド、パキスタン、北朝鮮も自国を守ることを口実に、新たに核兵器を保有しました。中東では、事実上の核保有国と見なされているイスラエルや、イランの核開発疑惑も、核不拡散体制をゆるがしています。

 新たな核保有国の出現は、核兵器使用の危険性を一層高め、核関連技術が流出の危険にさらされています。米国による核兵器の更新計画は、核軍拡競争を再びまねく恐れがあります。

 米国をはじめとして、すべての核保有国は、核の不拡散を主張するだけではなく、まず自らが保有する核兵器の廃絶に誠実に取り組んでいくべきです。科学者や技術者が核開発への協力を拒むことも、核兵器廃絶への大きな力となるはずです。

 
 日本政府は、被爆国の政府として、日本国憲法の平和と不戦の理念にもとづき、国際社会において、核兵器廃絶に向けて、強いリーダーシップを発揮してください。

 すでに非核兵器地帯となっているカザフスタンなどの中央アジア諸国や、モンゴルに連なる「北東アジア非核兵器地帯構想」の実現を目指すとともに、北朝鮮の核廃棄に向けて、6か国協議の場で粘り強い努力を続けてください。

 今日、被爆国のわが国においてさえも、原爆投下への誤った認識や核兵器保有の可能性が語られるなか、単に非核三原則を国是とするだけではなく、その法制化こそが必要です。

 長年にわたり放射線障害や心の不安に苦しんでいる国内外の被爆者の実情に目を向け、援護施策のさらなる充実に早急に取り組んでください。被爆者の体験を核兵器廃絶の原点として、その非人道性と残虐性を世界に伝え、核兵器の使用はいかなる理由があっても許されないことを訴えてください。

 
 爆心地に近い山王神社では、2本のクスノキが緑の枝葉を大きく空にひろげています。62年前、この2本の木も黒焦げの無残な姿を原子野にさらしていました。それでもクスノキはよみがえりました。被爆2世となるその苗は、平和を願う子どもたちの手で配られ、今、全国の学校やまちで、すくすくと育っています。時が経ち、世代が代わろうとも、たとえ逆風が吹き荒れようとも、私たちは核兵器のない未来を、決して諦めません。

 
 被爆62周年の原爆犠牲者慰霊平和祈念式典にあたり、原子爆弾の犠牲になられた方々の御霊の平安をお祈りし、広島市とともに、核兵器の廃絶と恒久平和の実現に力を尽くしていくことを宣言します。

  2007年(平成19年)8月9日 
                   長崎市長 田 上 富 久

| | コメント (0)

2007年8月 7日 (火)

我が家からヒヨドリが巣立ちました!

我が家の狭~い庭に立っているハナミズキの枝に、ヒヨドリが巣をつくっていた。

2階にある大学2年生の息子の部屋からは手も届かんばかりの距離である。

3つあった卵が29日ごろに孵り、つるつるのひな鳥が顔を出した。

それ以降、早朝から夕方まで、つがいの親鳥は「ヒーヨ、ヒーヨ」鳴きながら、かいがいしく世話を焼いていた。

2007_8_7 ヒナたちも親鳥が近づくと、顔より大きく?口を開け、餌が口に投げ込まれるのを首を長~くして待っていた。

さすがに3匹いると、成長の度合いも違ってくるようで、1匹が先に大きくなり、より餌を独占してさらに大きくなっていったようだ。

息子に「台風がきたら大変だね~」と言うと、「大丈夫だよ」との返事。

「この前、雨が降ったときには、親が巣の上にかぶさっていたよ」とのこと。

思わず森進一の「♪雨の降る日は傘になり・・・」と口ずさんでしまった。

「親の偉大さが分かるでしょう?」と言うと、「別に・・・」とのこと。

2007_8_7_2 親鳥が一緒にいる写真をとりたかったが、これがなかなか難しい。

やっととれた1枚がこれ。昨日の夕方のことだ。

今日、午後3時半ごろ、連れ合いから電話が入った。

何事かと思ったら「小鳥が巣立ってさ。でも1匹がうまく飛べなくて、下に落ちちゃって」とのこと。「近くに親鳥が来てるけど・・・」

家に帰ると、その1匹もどうやら飛び立ったようで、近くで親鳥の鳴く声がしていた。

息子も「これでやっと静かになるよ」「あいつらホントにうるさかったんだよ」と言いながらもチョットさびしそう・・・。

何はともあれ元気に巣立ってくれて良かったよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月 6日 (月)

8月6日・ヒロシマ

今日は62回目の広島原爆の日。

8時15分の黙祷さえしそびれたおすぎだが、「平和宣言」は全文を読んだ。

式典に参加し、間近でこの宣言を聞いた安倍首相には、やはりこの宣言は届かないのだろうと思いながら・・・。

平 和 宣 言

運命の夏、8時15分。朝凪(あさなぎ)を破るB-29の爆音。青空に開く「落下傘」。そして閃光(せんこう)、轟音(ごうおん)――静寂――阿鼻(あび)叫喚(きょうかん)。

落下傘を見た少女たちの眼(まなこ)は焼かれ顔は爛(ただ)れ、助けを求める人々の皮膚は爪から垂れ下がり、髪は天を衝(つ)き、衣服は原形を止めぬほどでした。爆風により潰(つぶ)れた家の下敷になり焼け死んだ人、目の玉や内臓まで飛び出し息絶えた人――辛うじて生き永らえた人々も、死者を羨(うらや)むほどの「地獄」でした。

14万人もの方々が年内に亡くなり、死を免れた人々もその後、白血病、甲状腺癌(こうじょうせんがん)等、様々な疾病に襲われ、今なお苦しんでいます。

それだけではありません。ケロイドを疎まれ、仕事や結婚で差別され、深い心の傷はなおのこと理解されず、悩み苦しみ、生きる意味を問う日々が続きました。

しかし、その中から生れたメッセージは、現在も人類の行く手を照らす一筋の光です。「こんな思いは他の誰にもさせてはならぬ」と、忘れてしまいたい体験を語り続け、三度目の核兵器使用を防いだ被爆者の功績を未来(みらい)永劫(えいごう)忘れてはなりません。

こうした被爆者の努力にもかかわらず、核即応態勢はそのままに膨大な量の核兵器が備蓄・配備され、核拡散も加速する等、人類は今なお滅亡の危機に瀕(ひん)しています。時代に遅れた少数の指導者たちが、未だに、力の支配を奉ずる20世紀前半の世界観にしがみつき、地球規模の民主主義を否定するだけでなく、被爆の実相や被爆者のメッセージに背を向けているからです。

しかし21世紀は、市民の力で問題を解決できる時代です。かつての植民地は独立し、民主的な政治が世界に定着しました。さらに人類は、歴史からの教訓を汲んで、非戦闘員への攻撃や非人道的兵器の使用を禁ずる国際ルールを築き、国連を国際紛争解決の手段として育ててきました。そして今や、市民と共に歩み、悲しみや痛みを共有してきた都市が立ち上がり、人類の叡智(えいち)を基に、市民の声で国際政治を動かそうとしています。

世界の1698都市が加盟する平和市長会議は、「戦争で最大の被害を受けるのは都市だ」という事実を元に、2020年までの核兵器廃絶を目指して積極的に活動しています。

我がヒロシマは、全米101都市での原爆展開催や世界の大学での「広島・長崎講座」普及など、被爆体験を世界と共有するための努力を続けています。アメリカの市長たちは「都市を攻撃目標にするな」プロジェクトの先頭に立ち、チェコの市長たちはミサイル防衛に反対しています。ゲルニカ市長は国際政治への倫理の再登場を呼び掛け、イーペル市長は平和市長会議の国際事務局を提供し、ベルギーの市長たちが資金を集める等、世界中の市長たちが市民と共に先導的な取組を展開しています。今年10月には、地球人口の過半数を擁する自治体組織、「都市・自治体連合」総会で、私たちは、人類の意志として核兵器廃絶を呼び掛けます。

唯一の被爆国である日本国政府には、まず謙虚に被爆の実相と被爆者の哲学を学び、それを世界に広める責任があります。同時に、国際法により核兵器廃絶のため誠実に努力する義務を負う日本国政府は、世界に誇るべき平和憲法をあるがままに遵守し、米国の時代遅れで誤った政策にははっきり「ノー」と言うべきです。また、「黒い雨降雨地域」や海外の被爆者も含め、平均年齢が74歳を超えた被爆者の実態に即した温かい援護策の充実を求めます。

被爆62周年の今日、私たちは原爆犠牲者、そして核兵器廃絶の道半ばで凶弾に倒れた伊藤前長崎市長の御霊(みたま)に心から哀悼の誠を捧(ささ)げ、核兵器のない地球を未来の世代に残すため行動することをここに誓います。

2007年(平成19年)8月6日
                      広島市長 秋 葉 忠 利

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2007年7月 | トップページ | 2007年9月 »