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2007年2月26日 (月)

おばあちゃん、ありがとね。

2月23日、連れ合いの母親が亡くなった。

11日の早朝に入院した直後は、呼吸も荒くかなり苦しそうだったが、17日の土曜日に見舞ったときには、それなりに落ち着いていて、点滴や酸素はつながっていたものの、すぐに・・・とは思っていなかった。

娘と上の息子が見舞った15日には、酸素をつけながらも昔話をいろいろしたようで、帰ってきた娘も「ばあちゃん、元気そうだったよ」と言っていたぐらいだ。

娘が生まれて、病院から家に帰ってきた後、ベビーバスで初めて産湯を使わせてくれたのがばあちゃんだった。その娘は1歳ちょっとで保育園に入るまで毎日毎日面倒を見てもらった。

保育園に通い始めてからも、迎えや病気でお休みしたときの面倒はおばあちゃんに見てもらった。
1歳半で「家出」した娘が向かった先もすぐ近くに住んでいたおばあちゃんの家だった。

上の息子も下の息子も、ばあちゃんの世話になりながら保育園に通った。
ちょっと遠くに引っ越した後も、週に2日はお泊りに来てくれ、いっしょの部屋で寝て、子どもたちの面倒を見てくれた。

我が家の3人の子どもたちが何とかいっちょ前になったのは、このばあちゃんのおかげだ。私と連れ合いだけでは、3人の子育ては無理だったと思う。

通夜、告別式と我が家と連れ合いの弟家族でばあちゃんとのお別れをした。

しんみりしたり、にぎやかに昔話をしたり、こじんまりとではあるけれど、いいお別れができたと思う。

17日の帰り際、いっしょに見舞った中3の息子の手をとって、「試験がんばってね」と言ったのが最後の言葉になった。

その県立高校の入試が告別式の今日だった。

骨を拾ってもなお、まだおばちゃんが亡くなった実感がわかない。

さみしさが湧き上がってくるのはこれからだろうか・・・。

いまは、「おばあちゃん、ありがとね」とだけ。

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2007年2月22日 (木)

「高尾山 ちいさな山の生命たち」(写真集 佐野高太郎の視点シリーズ第3巻)

2007_2_22 そのねこちゃんから、帰り際に「お土産があるの」と手渡されたのがこの写真集。

全国学校図書館協議会選定図書にもなっているこの写真集は、「KALAHARI チータがいる砂漠」「北海道 リスとナキウサギの季節」に続く、写真家佐野高太郎さん撮り下ろしの第3弾で、かもがわ出版より2月18日に発売になったばかりのものだ。

高尾山の空に向かって枝を広げる大きなブナ・イヌブナ。

落ち葉の陰からひっそりと顔をのぞかせて花を咲かせている小さな植物。

森に息づく虫やカエルや鳥たち。

高尾山の自然と、その自然に生かされている生き物たちの姿が、どのページにもしっかりと映し出されている。

決して派手さはないけれど、私たちが失ってはいけないものがそこにあることをどの写真も訴えかけている。

2007_2_22_2 私が一番引き込まれたのはこの1枚。

「ハナネコノメ」とある。

やっぱり今日はネコの日!だった。

【関連記事】「高尾山麓からの花だより」(おくださがこ)

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今日はネコの日!?

何気なく聴いていたFM・NACK5で、今日は「ネコの日」だということを知った。

2月22日→222(ニャンニャンニャン)という語呂合わせだそうだ。

ちなみに「イヌの日」は1月11日

ではなくて、11月1日だそうである。

「ワン・ワンワン」ではなくて「ワンワン・ワン」だそうである。

そんな日だとは知らずに、今日はねこちゃんと会っていっしょにご飯を食べた。

もちろん人間のねこちゃんだけれども・・・。

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2007年2月15日 (木)

春を待つ(「平和」は我が家から・・・70)

2007_2_15 雨上がりのポカポカとさえ感じる朝は歩いていてとても気持ちよかった。

昼休みの公園散歩は強い風の中をマスクをして歩いた。

昨日「関東地方に春一番」が吹いたという記事が載っていたが、昨日はそんなに風も強くなく、おすぎ的には今日の風のほうが「春一番」ぽかった。

「うめまつり」が始まっている公園は、白梅・紅梅とも7~8分咲きといったところで、中には強い風で花びらを飛ばされているものもあった。

夜、家に帰ると、久しぶりにこの時間にいた娘が、鼻の中がかゆいの血が出るの言っている。こちらも花粉症らしい。

おすぎの方も目がかゆいし鼻もむずむずする。

どうやら花粉が本格的に飛び始めたようだ。

以前は苦しんでいた花粉症も、ここ数年は症状が軽くなり、「春が来る喜びを身体全体で感じているんだ」などと余裕で思えるようになってきた。

今日の朝刊に県立高校後期入試の応募状況が載っていた。

うちの息子が受ける高校は1.3倍くらい。今月26~27日が試験日だ。

娘の方は就職試験?の3次?が終わり、採否の通知が来るのを待っている。

日曜日に緊急入院した連れ合いの母親も、どうやら持ち直してきたようで、今日お見舞いに行った娘たちに昔話を聞かせたらしい。

みんなに暖かな春が来るように。

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2007年2月13日 (火)

眠れるゼミの娘(「平和」は我が家から・・・69)

2007_2_12 大学4年生の娘がゼミの卒業記念でTシャツを作った。

先生のほか、ゼミ生のイラストが頭文字つきで描かれている。

連れ合いがTシャツをひろげながら、「どれだと思う?」と聞く。

まぁ、これかなと指差したイラストには娘の頭文字が書かれていた。

やっぱ寝ちゃってるよ~。申し訳ないねェ・・・。

これと前後して、誕生日だった娘は同じゼミの仲間からHappy Birthdayの寄せ書きをもらってきた。

そのなかにあった先生のお言葉

「たん生日おめでと!! 早寝早起き 朝ごはんだよ○ちゃん!!」

さすがに先生、娘のことをよく分かってらっしゃる。

娘はよく寝る。

が、起きてから出かけるまでに5分とかからない。

食卓にのっている朝ごはんも食べないか、食べながら出て行くか、手に持って出かけていくらしい・・・。

「らしい・・・」というのは、その時間には私は家にいないので。

そんな娘も、もうすぐ卒業。

今週中には就職も決まる見込み・・・。

決まってほしいものだ。

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2007年2月10日 (土)

「帰宅難民?」家まで歩く

今日は土曜日だったが出勤だった。
それも残業付きで、結局3時までかかってしまった。

もう少し早く仕事が終われば決行しようと思っていたことがあった。
中央線沿線の職場から埼玉の自宅まで歩いて帰るというもの。
たぶん12~13キロはあるだろうか・・・。

ちょっと躊躇したものの、ここしばらく忙しくて歩く時間が少なかったこともあり、結局思い切って歩くことにした。
まぁ、疲れて歩けなくなったら電車かバスに乗ればいいやという気持ちで。

1時間ぐらいはそんなに苦もなく歩き続けられる。
が、途中で曲がるところを間違え、20分ほどロスしてしまった。
相変わらずの方向音痴で、このロスはかなりこたえた。
車でも歩きでも方向音痴は変わらない。

コンビニでトイレ休憩をとり、肉まんとポカリスエットを補給。

もう少し道路の研究をしてくれば近道があるのかも知れないが、近道=回り道になってしまう私としては、一番分かりやすい街道を歩くことにした。

さすがに2時間を越えた頃からヒザが辛くなってきた。
が、このあたりには駅はない。
ポカリスエットを飲みのみ、町並みと車の流れを見ながら歩き続ける。

関越自動車道を超えると、かなり見通しが持てるようになってきた。

2007_2_10 お寺でお坊さんが鐘を撞いていたので、ケータイで1枚パチリ!(ピンボケ)

結局、6時ちょっと前には家にたどり着いた。
職場を出てから3時間弱。
これくらいが限界という位置関係だ。

普通に「ただいま~」をして、歩いてきたことは黙っていた。

「無駄な労力を使って・・・」と言われないように。

月に一度くらいは歩いてみるのもいいかも知れない。

早起きして、朝歩いて出勤というのもできなくはないなぁ・・・。

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2007年2月 4日 (日)

月に平和のメッセージを届けませんか?

「JAXA(ジャクサ)」って、何だそれ? と思われる方も多いと思います。かく言う私もそうでした。

Japan Aerospace Exploration Agency”日本名「宇宙航空研究開発機構」と言うそうです。

種子島宇宙センターで知られる宇宙開発事業団などの宇宙開発3機関が総合されて、2003年にできた独立行政法人。

まぁ、そのことはどうでもいいのですが、このJAXAが今年の夏打ち上げ予定の月周回衛星“SELENE”(セレーネ)に載せて月に送り届けるメッセージを募集しています。

当初は1月末が締切予定でしたが、余裕がある(つまり集まりが悪かった?)とのことで、募集期間が2月28日まで延期になったようです。

「セレーネは、『月がどのように形成され、どのような変遷を経て現在に至っているか』の核心に迫る科学データを取得することを目標にしている衛星で、アポロ計画以来最大の月探査計画」だそうです。

寄せられた応募者の名前とメッセージをシートに印字し、この衛星に搭載して月まで運ぼうというもの。目標は100万通!

名前(ニックネームでも可)は10文字以内、メッセージは20文字以内でハガキでもインターネットでも応募できます。

詳しい募集要項はこちらをご覧ください。

セレーネ「月に願いを!」キャンペーン

いままでに届いているメッセージには、こんな方のこんなものがあります。

「衛が に祈るを 信じたり」永六輔さん

「満月や 北京の夜空(そら)に 夢叶え」星野仙一さん

「月から国境線は見えますか?」村尾信尚さん(日本テレビZEROメーンキャスター)

「地球に愛ある 平和な夜を・・・」小林麻央さん(ZEROキャスター)

「地球が子供達の住みやすい星になりますように」岡田武史さん(元サッカー日本代表監督)

「いつかお月さまに行けたなら、お地球見(おちきゅみ)がしたいな」大高郁子さん(イラスト・レーター)

そこでおすぎも考えてみました。もちろん「平和のメッセージ」を。

「月から地球に 平和のシャワー」

「太平洋を『静かの海』に 日本海もね」

「戦争する奴 直接私がお仕置きよ!」(ムーン)

皆さんも平和のメッセージを月に届けませんか。

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2007年2月 3日 (土)

「パートするなら103万円でなく、130万円の壁を意識して」

2月3日(土)の「朝日新聞 be on Saturday」の Money のコーナーに出ていたこの記事。
asahi.com の web 上では見ることができないので、覚書としてこちらに転載させていただく。

おすぎの職場にもパートで働いている奥様がいらっしゃる。

やはり、「ダンナの扶養の範囲で」ということで、年収を103万円以内に抑えているようだ。

それをビミョーに超えそうになると、計算の上で欠勤をしているようである。

解消! 家計ストレス
「パートするなら130万円の壁を意識して」

 奥さまのパート収入が、家計改善の有力な武器になることは前回お話ししました。でも、パートに出ている方の多くは「税金がかからないよう、年に100万円までにおさえています」と言います。100万円を超えると住民税、103万円を超えると所得税がかかることを意識しているのです。でも、本当に注意すべきなのは、さらにその先にある「130万円の壁」なのです。

 「パートを増やしたいのですが、税金が心配で……」そう言って相談に来られた30代の主婦Aさんには、次の試算をお見せしました。

 仮に、パート年収が105万円だとすると、所得税などがかかったとしても、その額は1万円弱。影響はそれほど多くありません。

 では130万円を超えたとしましょう。すると、A子さんは夫の扶養家族からはずれ、新たに社会保険料の負担が発生します。仮に年収が135万円の場合、税金以外に国民年金保険料や国民健康保険料を払うと、手取りは約113万円。年収116万円の場合と、ほぼ同額です。おわかりですね。パートをするなら103万円の壁ではなく、むしろ130万円の壁を意識し、その範囲で稼いだ方がいいでしょう。

 他の注意点もあります。家族手当支給の年収基準が103万円の企業もあるのです。基準額を超えて家族手当がなくなり、家計全体の手取り額が減ることがないよう、ご主人のお勤め先の給与規定も、よく確認しておきましょう。(FP 八ツ井慶子)

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12年ぶりの豆合戦・豆萌え?(「平和」は我が家から・・・68)

2007_2_3 今日は節分。我が家では恒例の豆合戦の日である。

私にとっては、実に12年ぶりの豆合戦参戦だ。

今年の鬼は大学1年生の息子。

去年の豆合戦では、いま中3の息子が鬼になり、お面からはみ出した頬に豆をくらって痛い思いをしたようだ。

前年ながら、お姉ちゃんは私の帰りを待ちきれずバイトに出かけてしまった。

「久しぶりにお父さんに豆まきさせてやって」と言って出かけたらしい。

鬼も含めて4人がそれぞれ豆を持って、豆まきならぬ豆合戦が始まった。

いちおう2階から初めて、それぞれの部屋を回り鬼を外に追い出すという流れである。

が、結構鬼の反撃もあり、「鬼は外~、福は内」と始まったものの、そのうち連れ合いなどは「エイ!エイッ!」と掛け声をかけて豆をぶつけていた。

玄関につながれていたワンコもやけに興奮し、吠えるやらまかれた豆をぼりぼり?食べるやら・・・。

わずか3分ばかりの豆合戦であったが、気分は結構スッキリ!

その後は30分かけて豆掃除をすることになった。

まぁ、何はともあれ超久しぶりの豆合戦に満足。

明日は立春。

我が家で春を待ちわびる者たちに、ステキな春が訪れますようにと祈りつつ・・・。

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