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2007年1月29日 (月)

「札幌から青森まで歩きました!」なんちゃって

1月2日に手に入れたオムロンの歩数計

「Walker's index」というオムロンが提供するウォーキングコミュニティに登録し、毎日の歩数をweb上に記録している。

機能のひとつに「日本縦断にチャレンジ」というものがある。
北からまたは南から日本列島を歩いて仮想縦断してしまおうというもの。
おすぎもこれに登録し、1月3日に北海道・札幌を出発した。

もちろん北海道を一周してとか、実際の道路を通ってとかいうものではなく、県庁所在地を直線距離で結び、その直線上を毎日てくてく歩いて積み上げていくというもの。

歩数計にはあらかじめ歩幅を登録しているので、「歩数×歩幅=歩いた距離」という計算式でカウントしていくわけだ。

2007_1_29 そして今日、歩き始めてから27日目でやっと青森に到着!

その距離260km。一日平均約10kmのペースで歩いていることになりますね。
次の岩手・盛岡までは120km・・・。
そして最終目的地の沖縄・那覇は北海道から4,565km。
まぁ、1年半ぐらい歩き続ければたどり着くでしょうか・・・。

先の長~い道のり。毎日少しずつ、ボチボチと歩いていきたいと思っている。

おすぎが買った歩数計の記事はこちら
おすぎのオモチャ?

ps)カテゴリーにウォーキングを追加しました。

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2007年1月28日 (日)

子どもたち「一人一部屋プロジェクト」(「平和」は我が家から・・・67)

約1週間かけて、子どもたちの「一人一部屋プロジェクト」がほぼ完了した。

大学生の姉ちゃんは元々一人で一部屋を使っていたが、大学1年と中3の息子は二人でいっしょの部屋を使っていた。

ここに来て、子どもたちの欲求か連れ合いの発案かは定かではないが、中3の息子を空いている和室に引越しさせる「一人一部屋プロジェクト」が急きょ立ち上がった。

ただ、空いているといっても、そこはかなりの物置状態。

結局、引越し先の1部屋だけにとどまらず、我が家の5部屋すべての机やら本棚やら、積んであった本の類を動かしたりと、家族総動員のプロジェクトになった。

連れ合いが壁にそれぞれがその日にやるべき事を書き出し、完了したものにチェックを入れて、今日の最終日を迎えた。

私の担当は二人の息子が使っていた部屋の蛍光灯を取り外したり、本棚を占拠していた学童保育関係の資料を屋根裏部屋に押し込んだりというもの。(ついに屋根裏部屋か・・・)

あと残っているのは400~500冊ある文庫本(ほとんどミステリー)をBOOK・OFFか古本市場に持って行くこと。これは近々車で運ぶことにした。

あちこち片付けている中で、出てきた子どもたちの赤ちゃんや保育園時代のアルバムをみんなで「かわいい、かわいい」言って眺めながら、あれこれと懐かしく話しをすることができた。

おまけに連れ合いは「3キロやせた!」思いもかけなかった引越しの効用を喜んでいた。

ほぼ構想どおりになったようだが、さすがにアリナミンVを飲みながらの1週間の肉体労働は応えたようで、「明日は寝てる」とは我が連れ合いの弁。

お疲れさん!

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2007年1月27日 (土)

いもはいもでも、じゃがいも焼酎!

2007_1_27 春のような暖かさに誘われて、奥多摩ドライブに出かけてきました。

途中の道々で黄色いのぼり旗が目に付き、交通安全の標語かぁ・・・と思っていたら、連れ合いが「じゃがいも焼酎HINOHARAだって。なんかパッとしない宣伝文句だね」と。

確かにじゃがいも焼酎の宣伝だった。

このあたりは山の斜面に砂利の多いやせた畑があり、できる物といったらコンニャクかジャガイモ。

新緑や清流はもちろん「売り」ではあるけれど、お土産になるのは山菜や刺身コンニャクだ。

そんな村に新たな特産品ができたらしい。

黄色いのぼり旗は酒屋さんの近くに立っていたものだった。

話のタネに買って帰ろうということになり、ちょうど信号待ちになるところで黄色いのぼりが目についたので、川端商店というところにとまった。

お店に入り焼酎の棚を探したがそれらしきものはなく、売り切れ? と思いつつ店主に尋ねた。

「あぁ、これですよ」じゃがいも焼酎はレジカウンターにならんでいた。

檜原村でとれたジャガイモを原料にし、北海道の北の誉酒造が製造しているのだという。

去年の春に初めて販売し、すぐに売り切れになったので、今年は村全体で4トンのジャガイモを送り、8,275本を製造し販売しているという。

720mlで1,500円。檜原村の集落名が入った特製手ぬぐい付きで1,800円。
(と、ちょっと高い!)

「森と清流に囲まれた、自然豊かな東京檜原村の急峻な地形の畑で育んだじゃがいもを原料に造りました。檜原村の大自然を想い浮かべてじゃがいも焼酎『HINOHARA』をお楽しみ下さい。」とラベルに書いてある。

家に帰ってきて写真を撮り、早速飲んでみた。

まずは生のまま。

サツマイモのようなイモくささはなく、すーっと喉をとおり、あっさりした感じ。ほのかにジャガイモの香りを感じる。

続いてお湯割り。

ジャガイモの香りがより強く感じられ、おいしく飲める。
これには檜原村特産の刺身コンニャクがマッチするはずだ。

1,500円はちょっと高い感じがするけれど、まぁ4トンのジャガイモが北海道にわたり、焼酎になって戻ってくるという手間を考えると、やむをえないところか・・・。

あとは宣伝だ。

どうせ交通安全のノボリと間違われるようなら、こんな宣伝文句はどうだろう。

「飲んだら乗るな。飲むならじゃがいも焼酎! byひのはら」

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2007年1月23日 (火)

がんばれペコちゃん!(「平和」は我が家から・・・66)

2007_1_23 不二家のケーキ類が販売中止になってから2週間近くになる。

最初は、消費期限切れの牛乳を使ったシュークリームを製造・販売したというものだったが、次から次へと製造上の問題が発覚し、営業再開のメドは立っていない。

それどころか、もともと経営状態が悪かったうえにこの不祥事。

このままでは、ペコちゃんブランドが不二家を離れてしまうことになるかも知れない・・・。

我が家は不二家のケーキが大好きだ。

家族5人の誕生日はもちろん不二家のケーキでお祝いしている。

それ以外にも、事あるごとにおすぎが帰りの乗換駅の近くにある不二家に寄ってお土産を買っている。

「疲れたから甘いものがほしい」とか「飲んだ後は手ぶらじゃ帰れない」とか・・・。

連れ合いと不二家のケーキとの出会いは、小学校のときに池袋のデパートで食べたショートケーキだったらしい。

「こんな美味しいものがこの世にあるなんて」と思ったという。

山の中で生まれ育ったおすぎもペコちゃんやミルキーは知っていた。

でも不二家のケーキとして意識して食べたのは、結婚してから二人で食べたベイクドチーズケーキ。

あの濃厚?な味わいは、それ以来ずーっとお付き合いすることになった。

子どもたちが好きなのは生チョコケーキ。

リクエストで誕生日には生チョコケーキになることが多い。

もうすぐ娘の誕生日だが、今年はちょと無理のようだ。

12月のクリスマスと息子の誕生日に食べたのが文字通り「食べおさめ」にならないようにと願いたい。

今日は娘が就職試験。

大学生の息子は後期試験。

そして中3の息子は私立高校の推薦入試。

とくれば、やっぱりケーキでも買って帰りたい。

結局、途中駅で下車してコージーコーナーのチョコレートケーキとなった。

早く不二家のケーキが食べた~い!

不二家で働いている皆さん、がんばってくださ~い!

がんばれペコちゃん!

おすぎは不二家を応援しま~す。

(写真は12月の息子の誕生ケーキ。クリスマス直前なので、ケーキはどれもクリスマス仕様。飾りをはずしてもらったけれど、ペコちゃんはサンタさん)

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2007年1月22日 (月)

梅の開花宣言

2007_1_22 桜と違って、梅の開花についてはあまり騒がれないようですね。

いつの間にか静かに咲き出して、控えめに咲き続けてくれます。

桜は気象庁が開花予想を出したり、桜前線北上中などとテレビで取り上げられますが、梅は九州も東京もそんなに日を違えず咲き出すようです。

桜には開花宣言のもとになる「標準木」(基準木)なるものがあります。東京では靖国神社の標準木が有名ですよね。

でも、梅の標準木というのは聞いたことがありません。(私が知らないだけかもしれませんが)

さて今日、昼休みにいつも歩いている公園の梅林に行ってみました。

先週の金曜日に歩いたときには、梅のつぼみがかなり大きくなっていたので、もしやと思って・・・。

案の定、梅の花がほころび始めていました。

咲いていた2本の梅の木には「八重冬至」と「長寿」という札が下がっていました。

雨があがり、小さい春を感じさせてくれる暖かさの中で、青空を背景に、やっぱりちょっと控えめに咲いていましたね。

これからしばらく、桜にバトンタッチするまで、散歩の目を楽しませてくれます。

(最近ケータイを変えました。カメラがあるとやっぱり便利ですよね)

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2007年1月21日 (日)

給食かお弁当か? それが問題だ!(「平和」は我が家から・・・65)

いよいよ高校入試が始まりますね。

明日(1/22)は都内の私立高校の推薦入試の解禁日。

そして明後日は、我が家の中3生も受験する埼玉の私立高校の推薦入試です。

今日、近くのローソンにその息子と買い物に行った時のこと。ならんで歩きながら

息子「明日は短縮授業なんだ」

私「あぁ、推薦入試が始まるもんね」

息子「給食、あるのかなぁ・・・」

私「短縮じゃ、無いかもね」

息子「じゃ、お弁当かなぁ」

私「どっちだって、いいじゃん。給食なかったら、家に帰ってきてご飯食べればいいんだから」

息子「お父さん、ボクにとっては、すごく大事なことなんだよ。お弁当が食べられるかどうかは!」

と、鼻息あらく反論されてしまった。

息子はお弁当が大好きだ。

高校生になる楽しみも、もちろんクラブ活動などもあるのだろうけれど、「毎日お弁当が食べられる!」ことが重要なポイントになっている。

お兄ちゃんやお姉ちゃんがお弁当を持って学校に通っているのを見て、ホントにうらやましく思っていたのだ。

2007_1_21 コンビニで、予定していた買い物のほかに、息子にキットカットとカールを買った。

志望校に受かって、毎日大好きなお弁当が食べられるようになるといいねェ。

(お弁当を作る連れ合いにかかるプレッシャーも大きくなるなぁ・・・。)

受験生とお菓子(昨年2月に書いた記事)

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2007年1月18日 (木)

「終末時計」2分進み、残り5分に!

2007_1_18 昨年10月にこのブログでも触れたことのある「世界終末時計」の針が2分進められた。
核戦争で世界が終末を迎えるまで残り5分!

17日、この「終末時計」を管理する米誌「Bulletin of the Atomic Scientists」が、北朝鮮やイランなど核をめぐる国際状況が悪化しているとして、2002年以来5年ぶりに、7分前だった針を2分進め、残り「5分」としたものだ。

同誌は針を進めた理由について「私たちは第二次核時代の瀬戸際に立っている」として、北朝鮮やイランの核開発のほか、安全管理が不十分なロシアなどの核物質、一向に削減の進まないアメリカとロシアの約26,000発の核弾頭、テロの危険などをあげている。

また、今回初めて地球温暖化がもたらす異常気象の深刻さを人類の直面する危機として指摘している。

北朝鮮やイランの核開発をめぐる脅威もそうだが、地球上にある27,000発のうち26,000発を保有しているアメリカとロシアの核兵器削減に向けたイニシアティブが求められているのではないだろうか。

とりわけ、二酸化炭素の最大の排出国であるアメリカは、地球温暖化対策の面からも積極的にその役割を求められているはずなのだが・・・。

Bulletin of the Atomic Scientists誌の「声明」は最後をこう結んでいる。

"The Clock is ticking."「時計はカチカチ動いている」

2006年10月の記事「もどる時計、進む時計・・・」

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2007年1月15日 (月)

「平和」を見つめる若い感性(現代学生百人一首)②

今年で20回目となる東洋大学「現代学生百人一首」の入選作品が発表された。

その中から、昨年と同じように「戦争」や「平和」について詠まれた歌を拾ってみた。

戦争の終わりの証は何ですかイラクの瓦礫に立つ子どもたち
(茨城県 高校2年生)

「俺はシベリアまで行った」寒い夜には祖父の十八番の英雄譚聞く
(埼玉県 高校3年生)

Hiroshima Day 皆の痛みを解き放つように水面に揺れる灯篭
(ブラッドフォード大学 大学院1年生)
 

また、同じ様な取り組みが他大学でも行われており、昨年同様ホームページに掲載されている作品をあわせて拾ってみた。

ただ、私にはこれらを評する力はないので、「優秀賞」や「佳作」の別なく、戦争や平和について触れている作品を選んでみた。

第5回同志社女子大学「SEITO百人一首」短歌コンクール

透明な世界という名のビーカーに飽和をしない平和の雫
(京都府 高校1年生)

くり返すダ・カーポのように戦争を止めなくてはわたしたちの手で
(滋賀県 高校3年生) 

戦争の報道合間に流される格闘ゲームのCMの音
(兵庫県 高校3年生)

不戦への誓いをたてる15日海の向こうで銃声止まぬ
(青森県 高校1年生)

人間の尊厳とは何ぞやと我に問うてるアウシュビッツ展
(大阪府 高校3年生)

昔から変わらぬものはこの空と人と人とが殺し合うこと
(大阪府 高校3年生)

十八年私が育った日本は平和を愛する自慢の母国
(高知県 高校3年生)

龍谷大学第4回青春俳句大賞

老犬の体の熱や原爆忌
(東京都 大学1年生)

戦争の予感海月の生まれけり
(東京都 高校1年生)

「戦争は・・・」私も涙が溢れてた
(北海道 中学3年生)

じいちゃんは戦友の墓はなれない
(秋田県 中学生)

原爆の落ちた同じ日青い空
(神奈川県 中学3年生)

閃光の時をとどめてドーム立つ
(山梨県 中学3年生)

「戦争」や「平和」について、純粋で敏感で真剣に考えている高校生ら若い世代

私も含めて、「どうせ・・・」とつい斜に構えてしまう大人にとってはまぶしい感性だ。


昨年書いた記事はこちら
 → 「平和」を見つめる若い感性(現代学生百人一首)

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2007年1月 9日 (火)

防衛庁「省」格の日に

今日から防衛庁が防衛省に格上げとなった。

ただ単に看板が掛け変わっただけではないようだ。

これについて、今日(1/9)発行の「日刊ゲンダイ」が「防衛庁が防衛省になったら これだけ変わるこの国」と題して、予想される9つの事態をあげている。

①自衛隊が陸軍、海軍、空軍になる

②制服を着た軍人が街を大手を振って歩くようになる

③軍事予算が膨張し勝手に使われ会計検査院の手が届かなくなる

④制服組が防衛大臣になって、文民統制など目でなくなる

⑤兵隊の数が足りないので韓国のように徴兵制が施行される

⑥巨大になった軍隊は海外紛争地にドンドン出かける

⑦気に食わない人物は若手軍人の手によって殺される

⑧軍事機密を守るとかいって情報公開や自由な言論ができなくなる

⑨愛国心教育と新しい歴史教科書で育つ子供が大きくなる頃この国は世界から孤立する

そこまではないだろうと思いたいところだが、この国の今の雰囲気では、進むところまで突き進んでしまうようにも感じる。

60年ぶりに教育基本法が「改正」され、設置から53年を経て防衛庁が防衛省と格上げされた。

この先、憲法「改正」に向けての動きが加速する。

どんな「美しい国」が待ち受けているのだろうか・・・。

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2007年1月 5日 (金)

母の・・・転院

今日、母が転院した。

6月の末に倒れてから、延べ7箇所目の施設(実際には同じところを2度回っているので4箇所目)。

覚書として以前に書いたものを再度書き起こしてみると

6月28日、救急病院に入院。脳の腫れがおさまるにつれて、食事は自分で食べられるようになるが、足は動かず、基本的にはベッドに寝たままの生活に入る。

7月13日、病院での治療が終わり(これ以上は救急病院の治療ではないと)、幸い、比較的家に近い介護老人福祉施設に入所できることに。
しかし、入所して間もなく熱が出始めた。

7月20日、熱が下がらず違う救急病院に入院。検査の結果、熱の原因は肺炎によるものとのことだった。
1週間ほどで熱はおさまり、また介護施設に戻れると話し始めたのもつかの間、また熱が上がり始めた。
改めての検査の結果、熱は膀胱炎などによるものとのことだった。

8月9日、「療養型病院」に転院する。
結局、熱が落ち着かないため、介護施設には戻ることはできない。
治療もリハビリもできるという、この病院に移ることになった。

9月6日、週1回ぐらいの割合で出る熱の原因を調べて治療するとのことで、前回入院していた救急病院に再び転院。
病院同士のキャッチボール・・・。
熱の原因は分かったのかどうか・・・。
転院することで環境が変わり、それに適応するためのストレスで熱が出ちゃうんじゃないのというのは、素人考え?・・・。

10月6日、また「療養型病院」に戻る。疥癬(かいせん)という病気にかかっている疑いもで出たが、結局そうではなかった。
ここで3ヵ月過ごすことになるが、リハビリの効果?もでて、車椅子で病院の廊下を移動できるようになった。
が、12月いっぱいで退院するか、月30万円近くを払うかの選択を迫られる。

1月5日、何とか、兄貴があちこち頼み込み、結局、1週間だけ入所した介護老人福祉施設にショートステイで入所できることになった。
今日がその転院の日だった。天気も穏やかで引越し日和!

介護施設の車が病院まで迎えに来てくれ(もちろん有料だけれども)、車椅子を乗り換えて、乗り込んだ。
連れ合いが一緒に乗ってくれた。

母が住んでいた家の近くを通ったが、分かったのかどうか、唇をかみしめていたという。

介護施設に着いた母は、緊張していた。
違った環境になれるのに、またしばらく時間がかかるだろう。

「お母ちゃん、今度風邪でもひいて熱出したら、もう行く所がないからな」と兄貴に言われ、

「風邪なんか、ひかないよ・・・」と母。

今月いっぱいはショートステイ。
認められれば、2月から正式な入所となる。

明日は天気が崩れるという。
降ればこの施設の周辺は雪になるかもしれない・・・。

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2007年1月 4日 (木)

カラオケで歌い初め・涙初め(「平和」は我が家から・・・64)

昨日、連れ合いと中3の息子で近くのカラオケに出かけた。

受験生の息子も暮れの大晦日から正月三が日は「お休みモード」

正月休みの最後に「カラオケに行こう!」となったわけである。

それぞれが何曲か歌った後、久しぶりに井上陽水の「人生が二度あれば」を入れた。

「父は今年二月で 六十五 顔のシワはふえて ゆくばかり・・・」

というあれである。(→うたまっぷ「人生が二度あれば」

一番は何事もなく歌い終え、二番の「母」のフレーズに入った。

「母は今年九月で 六十四 子供だけの為に 年とった 母の細い手・・・」

で、うかつにも涙がワーッとあふれてきて、もう歌えない・・・。

「異変」を嗅ぎ取った連れ合いが、後を引き取った。

こんなはずではなかったのに、「ツボ」にはまってしまったようで、次から次へと涙があふれてくる。

2杯目のビールで涙腺がゆるくなっていたのかもしれないが、これが今年の「泣き初め」「涙初め」である。

「人生が二度あれば」は当分の間歌わない。

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2007年1月 2日 (火)

おすぎのオモチャ?(「平和」は我が家から・・・63)

2007_1_2 やっと手に入れました「オムロンヘルスカウンタ Walking style HJ-7101T

いわゆる「万歩計」というやつですが・・・。

暮れのNHKテレビ「おはよう日本・まちかど情報室」で『トレンド2006 ③メタボリック』 としてとり上げられているのを見て、欲しい!と思っていたものです。

コジマさんやPCデポ、トイザラスにもないので、ネットで買おうかと思ったものの、やっぱり実物を見てと思い直し、ドンキホーテ、ロジャース、オリンピックと巡り、そして最後にたどり着いたのがケーズデンキ。

棚に並んでいるのを見つけたときのうれしそうな顔を、連れ合いと中3の息子に目撃されたようで、笑われてしまいました。

「万歩計」と言っても、ただベルトにつけて歩数をカウントするだけではないのが、このWalking styleのすごいところ。(別にオムロンの回し者ではありませんが・・・)

消費カロリーや脂肪燃焼量、歩行距離も表示されるのはもちろん、USB経由でパソコンに接続し、ウォーキングのデータを専用ソフトで管理できるという。

さらに、オムロンのウェブサイトに自分の専用のページが設定され、参加者の中でのランキングや情報交換、日本縦断へのチャレンジなどいろいろと楽しめるらしい。(これは有料!)

家に帰りつくなり「取扱説明書」を読み、こっそり2階に上がって歩幅を測り、ついでに体重も量って(うっ!となりました。この休み中に2キロも増やしてしまったようです)。

電池を入れて、これらの情報を登録し、パソコンに専用ソフトをインストール。

Webは1ヵ月のお試し期間があるとのこと。(確かに、あまり入れ込んで始めても、1ヵ月の内に熱が覚めちゃうこともあるしね・・・)

これで準備万端。

早速、明日からこれをつけて歩いてみるつもり。

1日66分以上のウォーキングを目標にしているおすぎにとって、これはウォーキング以上の楽しみを与えてくれるオモチャになりそう。

とにかく、楽しみ、楽しみ・・・。

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2007年1月 1日 (月)

8時の空に初日の出を拝む

2007_1_1 おすぎの2006年はイラクのフセイン元大統領処刑のニュースで幕を閉じた。

米軍のイラク進攻から間もなく丸4年。

死者の数は増え続け、混迷は深まるばかりだ。

この死刑執行が果たしてイラクの進むべき方向にプラスになるのだろうか。

そして迎えた2007年。

いつもよりちょっと遅めに起き出したら、すでに穏やかな陽射しが霜の降りた畑や向かいの家々を照らしていた。

その陽射しをワンコと一緒に浴びながら、お日様に向かって手を合わせた。

お願いすることはいっぱいあるけれど、我が家のことから平和のことまで手短にまとめてお願いした。

ことしは我が家にとってどんな年になるのだろう。

母親の転院。娘の就職や下の息子の高校受験。

秋には銀婚式!だぁ。う~ん、25周年かぁ・・・。

五十肩もほぼ7割回復した私としては、ぜひ右肩上がりの成長をしたいと思っている。

が、とりあえずはゆっくり休んで、スタミナとぜい肉を付けておきたい。

ことしの年賀状の背景はマガジン9条からお借りした。

このブログをご覧いただいている皆さん、ことしもどうぞよろしくお願いいたします。

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