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2006年10月26日 (木)

変えてはいけない! 教育基本法

今日(10/27付)の「日刊ゲンダイ」2面の右下に小さな意見広告が出ていた。

変えてはいけない!教育基本法

「教員は全体の奉仕者」が削除された改悪法案。
教員こそ、それぞれの個性あふれる子ども全体、社会全体への奉仕者であるべきです。教員は子どもの味方ではなく、競争や格差、エリート優先の教育になるのが、子どもにはどれほどつらいことか。
(暉峻淑子 経済学者)

広告主は「教育基本法改悪反対・『多彩な意見広告』の会」となっている。

暉峻さんといえば、昨年の10月に講演を聴いて、おすぎもブログで触れている。

「希望は地域にある」(暉峻淑子)

しかし、2面とはいえ、右下の運勢コーナーのとなりにちょこりんと掲載されているこの広告。どれだけの人の目に留まるだろうか?

よく見ると「子どものためでなく 国家への奉仕者に!!」というサブタイトルのとなりに④と出ている。

ということは、今日で4回目?!

全然気がつかなかったよォー。日刊ゲンダイはほぼ毎日買っているのに・・・。

家に帰って改めて3日分のゲンダイをめくってみた。

ありましたねェー、同じ場所に・・・。

ちょっと長くなるけれど、せっかくなので引用します。

10/26 <変えてはいけない! 教育基本法> ③
   「国を愛する態度」 法律で強要していいの?

“愛する”とは心の問題。それを“態度”であらわすことまで法律で強制し、子どもを評価するなんて許せますか。

「教育の泉を涸らしてはなりません。一握りの子どものための教育や愛国心の強要は、泉の源を絶つに等しい行為です」
(竹下景子 女優)

10/25 <いまこそ生かそう! 教育基本法> ②
    なぜいま削るの? “平和を希求する人間の育成”

“お国のために命を投げ出す日本人をつくる”と、憲法と教育基本法の「改正」をねらう国会議員が言いました。これが本音。

 「二度と過ちをくり返さず、日本の教育が世界平和に貢献するという根本は、簡単に変えてはいけません」
(小山内美江子 脚本家)

10/24 <悪いのは教育基本法ではありません > ①
    少年犯罪+学力低下 =教育基本法のせい?! ウソだ!!

「ライブドア事件の原因は教育が悪いからだ。教育基本法改正案を出したい」。
ホリエモンが逮捕されたときの安倍晋三現首相の発言。
「教育基本法が気に入らぬ。ともかく変えたい」という無理なコジツケです。こんな考えで教育の根本法を変えられては、たまりません。

教育基本法改悪反対・「多彩な意見広告」の会のホームページによれば、この日刊ゲンダイへの広意見告は⑥まで続くようである。

あと2回。見過ごさないようにしたいと思う。

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2006年10月17日 (火)

「恍惚の人」を見ながら・・・。

2時間ドラマ「有吉佐和子スペシャル・恍惚の人 息子を泥棒と呼び徘徊する認知症の父と、振り回される嫁…不朽の名作が高齢化社会の現代に蘇る!家族が一緒に生きる意味とは!?」を見た。

竹下景子もよかったけれど、何と言っても三国連太郎の「今」と「過去」、「正気」と「ボケ」をいったりきたりするその迫真の演技に引き込まれた。

が、そんな長期にわたる介護ではなく、最後は家族に看取られての幸せな死は、果たしてどこまで現実を映しているのかとも思った。

おすぎの母親は6月に倒れてから、病院を四転・五転・六転院している。

ボケも始まり、尋ねていく病室には車椅子にしばられ、夕食の準備を昼間からしている母親の姿がある。

「そこの棚にイモの煮たのがあるから食べな」と着替えの入った引き出しを指差す・・・。

今日、連れ合いの母親も入院した。

以前の病気の影響か、喉のリンパがはれ食事がとれないという。

しばらく点滴で栄養を補給するらしい。

ついでに、連れ合いの父親もかなりボケてきたようで、こちらの方が深刻かもかもしれない。

これ以上、食べ続けたり、徘徊したりが進まないよう、祈るばかりだ。

現実の介護はドラマのようには進まない。

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2006年10月16日 (月)

「マシンガン捨てるから、ピストルから手をはなせよ」

「北朝鮮の核開発に反対、すべての核廃絶も…ペンクラブ」

と題して今日(10/16)のYOMIURI ONLINE(読売新聞)に以下の記事が掲載されていた。

 北朝鮮による核実験実施の発表を受け、日本ペンクラブは16日、東京・中央区の同クラブで記者会見し、井上ひさし会長が「『アジア非核化の理念』に立ち戻り、核兵器開発をただちに中止すること」などを求める声明を読み上げた。

 会見には井上会長のほか、作家の浅田次郎氏や新井満氏ら幹部8人が出席。井上会長は、国際社会に対し、武力的な威嚇ではなく外交によって解決へ導くことを、核保有国に対しても、真摯に核廃絶に取り組むことなどを求めた。

 質疑応答で井上会長は「(日本ペンクラブは)言葉の力を信じて、核を無くす方向へ小さな努力をしてゆくしかない」と厳しい表情で語った。

同じく今日(10/16)の中国新聞ニュースによれば、世界の核弾頭は約27,000個。1986年の冷戦時をピークに減ってはきているものの、それでもアメリカが10,104個、ロシアが16,000個を保有し、保有国全体の97%を占めているという。

素直な小学生に分かってもらえる話としては、核兵器を保有している国が自ら「自分の国の核兵器も減らして無くすから、あなたの国も核兵器は持たないでね」という論理だろう。

マシンガンを突きつけ、そのピストルから手をはなせ!

という論理では、小学生には分かってもらえないだろう。

小学生レベルのおすぎは、日本ペンクラブの声明がストンと入ってくる。

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2006年10月15日 (日)

飲むのも仕事。どこまで仕事?

今日は日曜日。

が、おすぎは出勤だった。

勤め先で300人ほどが集まるイベントがあり、午前中はグループに分かれての施設見学のガイド役。

午後はおえらいさんの講演やらの間は待機(と言っても別の仕事をしていたわけだが)。

そして、3時半から出席者を集めての懇親会となった。

ビールをちっと飲み、サンドウィッチなどをつまみながらも、お客さんへの目配り気配りをする。

まぁ、これは仕事の内。

そして、午後5時でいったんお開きとなった。

が、その後は今日のイベントの主催者やら裏方さんやらの慰労をかねての懇親会。

帰っていい時間なのだが、一生懸命働いてくれた裏方さんの慰労もしてあげたいし、実際には帰れる雰囲気もない。

このあたりになってくると、ちっとずつ飲んでいたビールも回ってくるが、目配り気配りは忘れていないつもり・・・。

結局、その場は6時近くになってホントのお開きとなった。

いつもなら5時終業。以降は時間外(残業)となる時間だ。

さて、おすぎは時間外(残業)をつけたでしょうか?

①「飲むのも仕事」と割り切って、1時間の時間外をつけた。

②やっぱ飲んでる時間は残業をつけにくいなぁ、でつけなかった。

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2006年10月14日 (土)

被爆者が声をあげて50年。 受けつごう、その声を。

東京新聞10/14夕刊(Chunichi Web )に以下の記事が掲載されていた。

『被爆者の声、今こそ』
 都内であすシンポ

 核や紛争問題について発信を続ける女性ジャーナリストらが十五日、東京都新宿区の早稲田大学で被爆体験の継承と発信のあり方をテーマに語り合う。北朝鮮の核実験が世論を揺さぶる今、「被爆体験のない世代にもっと、核や被爆の問題に目を向けてほしい」と参加を呼び掛けている。

 パネリストは、一九九四年からコソボやアフガン、イラクなどで取材を続けている被爆二世の映像ジャーナリスト玉本英子さん(39)や、映画「ヒバクシャ-世界の終わりに」などの作品がある鎌仲ひとみ監督ら三人。

 玉本さんの父親は広島市出身で五歳の時に爆心から一・五キロ地点で被爆。直後は無傷だったが、まもなく体中に発疹(ほっしん)が広がり、苦しんだという。そんな苦労を聞いて育った玉本さんは、「無意識のうちに原爆について考えるようになった」という。

 海外では取材の合間に自ら被爆二世であることを語り、原爆について英語で書かれた小冊子を見せる。「広島や長崎の原爆のことはよく知られている。イラクでは劣化ウラン弾が使われたので、人々の核や被爆に対する関心は高かった」

 今年六月には、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)の資料を借りて、イラクのクルド自治区で「原爆展」を開催。親類から提供された「被爆着物」も注目を集めた。

 十五日のイベントは日本被団協の結成五十周年を記念して開かれ、午前十一時から同大の大隈ガーデンハウスで。シンポジウムのほか「被爆ピアノ」の演奏や「原爆と人間」展、写真家森住卓さんの「核に蝕まれる地球」展などもある。

 参加費は一般千五百円、学生千円、高校生五百円、中学生以下は無料。問い合わせは「被爆者の声をうけつぐプロジェクト50」=電03(5807)3101=へ。

このイベントを主催する「被爆者の声をうけつぐプロジェクト50」は、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)の結成50周年をうけて、被爆者の声を伝えていこうと首都圏の若者たちが中心になって立ち上げたものだという。

今回はそのオープニングイベントとして開催される。

2006_10_14 ☆写真パネル展
日本被団協「原爆と人間展」

森住卓「核に蝕まれる地球」

☆コンサート&シンポジウム

被爆ピアノ演奏

☆第一部 映像と証言でつづる――被爆者運動の原点といま
(出演)
高橋昭博(広島の被爆者・広島原爆資料館元館長)

田中熙巳(長崎の被爆者・日本被団協事務局長)

☆第二部 被爆体験の継承から発信へ――平和の危機の時代に
(パネリスト)
鎌仲ひとみ(映画監督(『ヒバクシャ―世界の終わりに』、『六ヶ所村ラプソディー』など)

玉本英子(被爆2世・アジアプレス記者)

井上史(早稲田大学1年生)

☆第三部 「プロジェクト50」成功にむけて
プロジェクト50の紹介のほか、広く「受け継ぐ」ことに関連する「思いつき・発案・実践」を発表しあいます。私には何ができる?

横井久美子(シンガーソングライター)「61年目のカミングアウト」ほか

などなど、多彩な内容で開催されるようだ。
おすぎもぜひ行ってみたいのだが、明日は出勤!なのだ・・・。

詳しくは「被爆者の声をうけつぐプロジェクト50」のブログをご覧ください。

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2006年10月10日 (火)

もどる時計、進む時計・・・

広島の原爆資料館にある「地球平和監視時計」の表示が「40」から「1」にリセットされた。

この時計は「最後の核実験からの日数」をカウントしているもので、2001年8月の設置以来11回目のリセットになるという。

北海道新聞Web版(2006/10/10)■社会

 北朝鮮核実験 広島の平和時計リセット  2006/10/10 14:24

 北朝鮮による地下核実験に抗議するため、広島市の原爆資料館は十日、「地球平和監視時計」に表示されている「最後の核実験からの日数」を「40」から「1」に戻した。

 八月末に行われた米国の臨界前核実験の際にリセットされたばかりで、二○○一年の設置以来十一回目。通常は「0」に戻すが、核実験が前日に行われたため「1」にした。

 前田耕一郎館長はリセットボタンを押し「武力で近隣諸国を威嚇する愚かな行為だ」と話した。

 時計は、被爆体験の風化を防ぎ、核実験をけん制する目的で平和団体が寄贈した。原爆投下からの経過日数「22345」も表示されている。

広島に原爆が投下されてからの日数は着実に日を重ねていくのに、「最後の核実験からの日数」はひんぱんに「0」に戻されてしまう。

「時計」といえばもうひとつ。

2006_10_10アメリカのシカゴ大学に設置されている「Doomsday Clock」(世界終末時計)

「核戦争までの残り時間」を示しているというあの時計。

2002年に2分進められ、現在は7分前を指している。

近々、こちらの針も動くことになるのだろうか・・・。


Doomsday Clockについては次のサイトを参考にしました。

NHK平和アーカイブス

終末時計はいま7分前

終末時計(Doomsday Clock)は、核戦争の起こる危険度を「真夜中の午前0時までの残り時間」で表す時計である。1947年設置以来半世紀に危険度を反映して進めたり遅らせたりと17回、時計の針を動かした。1992年には東西冷戦の終結で17分前まで遅らされたが、その後また進み、2002年には2分進められて、いま針は午後11時53分を指している。冷戦は終結したのに核の脅威は、一段と身近なものになっているのだ。

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2006年10月 9日 (月)

今日は体育の日。絶好の行楽日和。そして出勤!

今日は体育の日で休日。

そして、秋の嵐の去った後のおだやかな絶好の行楽日和。

ところがおすぎは出勤!でした。

カレンダーに赤いマークがついている日の出勤は、何だか気が重くて身体も重い・・・。

電車は通勤ラッシュがなくてスムーズに走っているのに、それに乗るこちらの方が遅れ気味・・・。

でも、そんな憂鬱もお昼まで。

連れ合いがつくったお弁当、どういうわけか今日はおにぎり。

それならばと、近くの公園におにぎり持って、出かけることに。

そして目撃したのが、その公園まで延々とつながっている街道の車の列・・・。

ほとんど動かない車のよこを、おにぎり弁当を下げてスーイスィーッと歩いてぬける。

う~ん、大変だね~と思いつつ、何故かニマニマしてしまう今日は性格の悪~いおすぎ。

2006_10_9公園の中も子ども連れでいっぱいだが、ほとんど毎日歩いているので比較的空いている場所は知っている。

お弁当を食べて、気持ちよ~く公園を散歩して、職場に向かう街道で、まだまだ延々とつながっている車の列。

やっぱ、こういう日はチャリか歩きでしょ!

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2006年10月 8日 (日)

田園戦士かわじマン(埼玉にもローカルヒーロー誕生!?)

2006_10_8 ついに埼玉県にもローカルヒーロー(ご当地ヒーロー)が誕生した。
その名は、田園戦士かわじマン(埼玉県川島町

ちょっと間の抜けたところもあるけれど、曲がったことが大嫌い。武器を持たずに悪役と戦う川島町のオリジナルヒーローだ。

胸元には川島の「川」をデザインしたマークが輝いている。

以下、10/7付埼玉新聞HP(WEB埼玉)


田園戦士かわじマン
川島に8日ヒーロー誕生
 
 

 川島町に八日、町のオリジナルヒーロー「田園戦士 かわじマン」が誕生する。同日行われる町民体育祭で悪役の「トカイスキー」と一緒にお披露目され、川島にまつわるクイズに答えながらデビューを飾る。

 正義の味方かわじマンは「庶民的なヒーローになりたい」と力強く話す。

 かわじマンの“産みの親”は町青少年相談員と町子ども会連絡協議会の有志。川島に思いを寄せる十九歳から三十代前半の十人だ。職種も看護師や学童保育指導員、公務員、学生などとさまざま。

 子どもたちに川島の良さなどを知ってもらい、町の可能性や未来を信じる心の大切さなどを伝えていきたいと思ったことがきっかけで今回のヒーローが誕生した。

 かわじマンの名前には自慢できる故郷にしたいという気持ちを込めた。ラッキーカラーは赤。間の抜けたところもあるが曲がったことが大嫌い。胸元に輝くマークは川島の川をイメージした。武器を持たずに悪役と戦うことも特長だ。 

 悪役のトカイスキーは「都会好き」からヒントを得たとか。町が抱える問題を提起しながらかわじマンとユニークな対決を試みる。

 当日は手作り主題歌も披露され、こちらも楽しみの一つ。今後、ヒーロー仲間も増やしていく予定という。

ローカルヒーローといえば、おすぎが知っているのはNHKで以前取り上げていた秋田県の「超神ネイガー」だ。

秋田県のなまはげをヒントに生まれた超神で「泣ぐ子はいねがーッ!」から名づけられたと聞いている。

ホームページで確認したところ、敵の怪人がぞくぞくと誕生していることがわかった。

いまや秋田県内にとどまらず、あちこちに引っ張りだこらしい。

その他にも

三重県
ブレイク戦隊ヘンタイジャー

長野県下條村
地域戦隊カッセイカマン

近いところでは
東京都東久留米市
クルメイザー

東京都狛江市
多摩川戦隊コマレンジャー

などはホームページもあり、なかなか本格的だ。

この他にも北海道から沖縄まで、日本全国ご当地ヒーローが活躍している。

それぞれの地域で、ゴミの分別や減量、観光宣伝、地域振興、そして何よりも子どもたちを喜ばせるために、彼らは顔を出さずに頑張っている。

川島町のローカルヒーローとして、かわじマンにもぜひ活躍してほしい。

全国のローカルヒーローについて詳しくは
ウィキペディア
ローカルヒーロー

また、こんな本も出版されていた。
ローカルヒーロー大図鑑 (単行本)

ローカルヒーロー恐るべし!

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2006年10月 7日 (土)

・・・四転五転六転院・・・

昨日、母が転院した。

このブログを読み直さないと、いったい何回目の転院になるのかも分からなくなった。

以前いた「療養型」の病院に戻った形だ。のべ6ヵ所目の施設ということになる。

車に乗って、また家に帰れると思ったなら、ホントに申し訳ない・・・。

おまけに、疥癬(かいせん)という病気にかかっている疑いもでている。

老人施設で多く発生するかゆみを伴う病気で、ダニが寄生して起こり伝染するという。

医者から話を聞いた兄貴は、電話で「もう、さわっちゃダメだぞ」「病院出るときは手を洗うんだぞ」と念を押した。

洗濯物も持ち帰ることができないので、病院で洗ってもらうようになるとのこと。

顔を見に行っても、おでこに手を当てたり、脚をさすったりするのにも躊躇が出ることになる。

最初の入院から3ヵ月半。

はたして回復しているんだろうか・・・。

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2006年10月 6日 (金)

えっ、20万円! の「学童保育」って

今夜(10/6)のNHK9時のニュースで、「変わる放課後 学童保育はいま・・・」と題して世田谷区と港区にある3種類の「学童保育」が紹介されていた。(「 」でくくったのは、果たしてこれをすべて学童保育と呼んでいいのかというおすぎの疑問から)

まずは、すべての小学生(共働きの家庭も、保護者が家にいる家庭も)を対象にした放課後児童対策事業。いわゆる「全児童対策」ってやつですね。

世田谷ではBOP(Base of Playing=遊び場基地?)と呼び、現在は学童保育の機能を持つとされる新BOPの話し。昨年4月から区内の小学校全64校で空き教室などを利用して実施されているという。

BOPは1~6年生を対象にしていて無料。
新BOP内学童保育クラブは1~3年生を対象にしていて、おやつ代として月額2,000円。
全児童の90%が参加していると説明されていた。

(新BOPについては、世田谷区のHP→新BOPの内容

(参考に、Googleでひっかかった →リヴィアさん、日々のわざ:世田谷区の学童保育の「今」を説明してみる


次に出てきたのがエムアウトという民間会社が先月開設したキッズベースキャンプ

きめ細かいサービスと安全を売りに、会員数は180名にのぼっているという。

留守家庭かどうかに関係なく1~6年生対象。週5日・放課後~19時で標準月額¥39,800

親の携帯にメールが届く「入退出情報配信システム」やらメディカルサポートやら車での送迎サービスが標準装備。

オプションで延長預かり、夕食・昼食、体験学習・イベントなどが付いている。

延長預かりは最大で22時!!

最後は港区にある環優舎というところ。子どもを持つ親が家庭で預かり、手作りの食事を出し、箸の持ち方から英語まで教える家庭保育室?

母親のニーズに応えようとマンションの1室を借りて運営しているという。

職場にいる母親が子どもの様子を常に確認できるようにとWebカメラも設置されている。

連絡があれば深夜まで預かるという・・・。

月額20万円!!!

「医師や外資系で働く女性から問合せが相次いでいる」という。

学童保育の世界もに格差が進行中か…。

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2006年10月 3日 (火)

お酒を飲んだら 乗りま宣言!!

2006_10_3 小学校の「25人学級」でも有名になった埼玉県の志木市。

おすぎは、ときどきこの市のホームページをチェックしている。

おーっ!なんだこりゃ!! 「TOPICS 最新情報」(10月3日更新)



  お酒を飲んだら
       乗りま宣言!!

  われわれ志木市役所職員一同は、

常日頃から交通ルールを守り、特に、飲酒運転

「しない・させない・許さない」を合い言葉に、

みんなで「飲んだら乗らない・乗らせない」運動

  を実践していくことをここに宣言します。

       平成18年9月27日

           志木市職員互助会


だそうです。

三ない運動(高校生がバイクを「乗らない」「買わない」「(免許を)取らない」)

非核三原則(「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」)

を思い浮かべたのは私だけでしょうか?

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2006年10月 1日 (日)

一番小さいのが一番大きくなって(「平和」は我が家から・・・54)

2006_10_1 今日は我が家の下の息子の誕生日。

満15歳になった。

生まれたときの体重はは3,580g。

世間的には大きい方かもしれないが、上二人は3,800台と3,700台だ。

それがいまや、我が家5人の中ではタテにもヨコにもナナメにも一番大きくなった。

16年前? まだオメデタが判明する前から、連れ合いの体調が悪くなった。

もしや? と医者に行ったら妊娠2ヵ月。切迫流産で数週間仕事を休んだ。

ということは、芽生えたばかりの息子は必死でお腹の中にしがみついていたというわけだ。

産休明けには保育園に入ることができず、家庭保育室(保育ママさん)に。

6ヵ月でやっと保育園に入れたものの、4ヵ月で転居。

4歳の兄は家の近くの保育園に入れたものの、弟は0歳児の空きがなく、家からはかなり離れた保育園に入ることに。

1歳になるまでに3箇所の保育園を転々とした。

そして、1歳半のときに4箇所目の保育園に移り、やっと兄と一緒に通えるようになった。

小学校に上がってからは、大きな身体ながら気持ちは優しすぎる子。

初めてのことをやったり、みんなの前で、何か話しをしたりするのが苦手で、日直さんの仕事のある日には、吐いたりもしていた。

そんな息子が少しずつ力をつけていったのは、小学校3年生のときに連れ合いが見つけてきた空手教室との出会いだ。

自己紹介をするのにも気持ち悪くなってしまう息子のことをわかってくれ、送り迎えまでしてくれて可愛がってくれた方のおかげで、合宿に参加したり、昇段試験を受けたり、大会で受身ながらも試合もできるようになっていった。

そんな息子も今日で15歳。

優しい気持ちはずーっとそのままに、大きくたのもしく頼りになる少年になった。

我が家では一番小さいけれど、タテにもヨコにもナナメにも一番大きな存在だ。

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