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2006年9月30日 (土)

子育て川柳(「平和」は我が家から…53)

2006_9_29_2 今日の新聞に「ハッピー子育て川柳」(金の星社、税抜き900円)の出版記事が載っていた。

ベビー用品メーカーの和光堂が2004年から募集している「子育て川柳」の入選作をまとめたもので、3年分の105作品がイラスト入りで紹介されているという。

ちょっと買うほどは…と思いつつ、ネットをさがしていたら、本家・和光堂のホームページにしっかりと入選作品が掲載されていた。(和光堂は我が家でも3人の子どもたちが、離乳食やベビー用品でお世話になったところだった)

毎年の最優秀賞を「わこちゃん大賞」として表彰している。

育休は 休暇と書くが  休みなし!(長崎県 桑原 直子さん 2006年)

やっと寝た! あとはこの腕 どう抜くか・・・(千葉県 山田 育子さん 2005年)

毎日が やった!できたね! 記念日です(宮城県 20代女性さん 2004年)

どれも、なるほどとうなずける。

でも、面白いなぁと思ったのは次の入選や佳作の作品。

ペラペラと よくしゃべるのに まだオムツ(東京都 坂田恵美さん)

褒めないで 店のトイレで 「ママ、じょ~ず!」(神奈川県 30代女性さん)

夜泣く子 パパの耳元 おいてみる(東京都 30代女性さん)

だまらせろ そんなあなたを だまらせたい(東京都 40代女性さん)

「泣いてるぞ」 起きぬ妻見て また俺か~(福井県 D51さん)

で、次の作品を読んだらちょっとしみじみとしてしまった。

弟が 寝てから叱った 兄を抱き(佐賀県 原 峻一郎さん)

夜泣きされ 見れば兄ちゃん 頭なで(富山県 南 明子さん)

そういえばと思い出した。

上の息子が保育園の年長さん(5歳児クラス)、下の息子が年少さん(1歳児クラス)のときの話。

保育園のお散歩で、みんなしてチッタラッタチッタラッタと出かけた時のこと。

下の子は2歳になったばかりの頃なので、たぶんお散歩ロープにつかまってか、お散歩車に乗ってのお散歩。

疲れてきた頃、保母さんがあめ玉をみんなにしゃぶらせた。

少しはなめたのだろうか、下の息子があめ玉を落としてしまい、じゃりじゃりになったあめ玉を見つめて泣き出した。

すると泣き声を聞きつけてやってきた上の息子が、自分の口からしゃぶっていたあめ玉を出して、弟の口に入れてやったのだという。

お迎えのとき、この話を嬉しそうに伝えてくれた保母さん。

我が家にとって、この話は「伝説」。宝物のひとつになっている。

その息子たちも今や大学1年生と中学3年生だ。

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1億5千万分の2(東京タワー来場者1億5千万人突破)

昨日(9月29日)、東京タワーの来場者(来塔者)が1958年12月の開業以来、1億5千万人を記録したという。

→  9月29日(金)東京タワーの来塔者が1億5千万人を記録しました!(東京タワーHP) 


日本人が一人1回以上はのぼっている計算になる。

おすぎが東京タワーにのぼったのは2回。

1億5千万分の2だ。

小学校、確か5年生のときの遠足「東京見学」で、NHKや国会議事堂とあわせて回ったと記憶している(が、ちっとあやしい…)

もう1回は、いま中3の息子が小学校を卒業するときの春休み。

「ボク、東京タワー1回も行ったことないんだよ」という催促を受けて出かけたものだ。

おすぎは東京タワーは、東京を代表するシンボルだと思っているが、最近はどうなんだろう。

六本木ヒルズやお台場なんぞに押されてきているんだろうか。

そういえば、アナログ放送から地上デジタル放送に全面移行する2011年には、放送塔としての役目を墨田区にできる「第2東京タワー?」に譲ることになるらしい。

あと5年だ。

ほぼ、おすぎと同じ時代を生きて?きた東京タワー。

眼下の街の移り変わりをどういう気持ち?で見てきたのだろう・・・。

2006_9_29 明日からは乳がん早期発見啓発キャンペーン(ピンクリボンフェスティバル)が始まる。

50歳近い東京タワーが、ちょっと恥ずかしげなピンク色に染まる。

 → ヒルズでピンクリボンイベント-東京タワーもピンク色に(六本木経済新聞)

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2006年9月28日 (木)

金木犀・オレンジのじゅうたんのはずが・・・

2006_9_28 おすぎの職場の近くに大きな公園がある。

一日66分のウォーキングを心がけているおすぎは、ズルをしながらもよく昼休みにこの公園を歩いている。

この時期は金木犀がどこからともなく香り、天気の良い日にはホントに気持ちのよい散歩ができる。

昨年、この時期に散歩したときに、金木犀の大木がオレンジの花びらを散らし、その花がドーナッツ状のじゅうたんになっているのを見つけた。その美しさに、しばらくはその場を動けなくなったほどだ。

昨日、一昨日と雨がふった後なので、オレンジのじゅうたんを期待して、今回はカメラを持って出かけた。

が、雨が強かったせいか、オレンジの花びらはかなり拡散してしまい、ドーナッツ状にも、じゅうたん風にもなっていなかった。かなり雨で流れてしまったようだ。

金木犀の香りは、おすぎに高校時代を思い起こさせる。

その高校は9月の末の土・日が文化祭。

2学期が始まるとすぐに文化祭の準備にとりかかる。

劇の練習をしたり、大道具をつくったり、オバケ屋敷の準備をしたり・・・。

9月も半ばを過ぎると、急に日が短くなるのを感じ、薄暗くなった校庭の片隅から漂ってくるのが、キンモクセイのなんとも甘酸っぱいような、ちょっと切なくなる香りだった。

昼間ももちろん香りは漂っているのだが、夕闇とともに漂ってくる香りの方が強く感じたような気がする。

文化祭が終わる日は、その町のお祭りだった。

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2006年9月26日 (火)

な~んで雨の中やるかな…(雨中の自衛消防訓練発表会)

2006_9_26 今日は、おすぎの勤めている地域の消防署管内の「自衛消防訓練発表会」だった。

この日のために、8月下旬から4日間(と言っても1日2時間ちょっとだったが)消防署の指導のもと訓練し、直前の昨日は3時間の自主練習までしてしまった。

発表会の種目は「消火器の部」(2人隊)と「屋内消火栓の部」(3人隊)に分かれているが、おすぎのチームは「屋内消火栓の部」。

長老のおすぎが「指揮者」、若者2人が「一番員」「二番員」となった。

まぁ、実際に障害物を除去したり、消火器を持ったり、消火栓で水を出したりするのは若者の仕事。おすぎはひたすら長い台詞を覚えて、あれこれ指示する係。

台詞を覚えるなんて言うのは、小学校の学芸会以来。

それに、日ごろはやらないし言わない「右向け右!」だの「駆け足進め!」だの「敬礼!」だのという掛け声や動作がともなう。

キビキビした動きや大きな声や3人の息の合い具合が評価のポイントになるという。

「敬礼の時にはひじを水平に!」などと指導されたが、50肩のおすぎは右手を上げるのがつらい…。

そんなこんなで、暑い中結構つらい練習をしてきたが、発表会の今日の天気予報は雨。

実際、11時ごろから雨が降り出してきた。

降りしきる雨を眺めながら「今日はないね」と勝手に決め込んでいたら、「予定通り行います」との連絡。

バタバタと自衛消防隊の制服に着替え、その上からカッパを着込み、防火管理者殿と一緒に雨の中を自転車で会場の公園に向かった。

会場に着くと、既に各チームが開会式の整列を始めているところ。

「うっ、まずっ」と思いつつ、ヘルメットをかぶり、消防関係のお偉方が並んでいる前をバタバタとプラカードの前に整列した。(いちおう「滑り込みセーフ!」ということにしておこう)

雨がだんだんひどくなる中、消火栓の部から始まり、屋内消火栓の部に進み、おすぎたちの出番となった。

結果は・・・。

「敢闘賞」という名の参加賞。

最優秀賞はJRの電車区のチーム。優秀賞は市役所だった。

まぁ、順当な結果でしょう。

発表会の後の公園は、兵どもの夢のあとどころか、田んぼ状態。

「こ~んな雨が降ったら、火事だって消えちゃうよね」という声が聞こえてきた。

ps)「台詞を覚えるのは小学校の学芸会以来」などと書いていたら、その小学校の学芸会の台詞を思い出した。
確か小学校5年生の学芸会でやった「泣いた赤鬼」の台詞。

青鬼が悪者になって、赤鬼と村人を仲良くさせた後、村を追われた青鬼を思い出して山の上から赤鬼が叫ぶ台詞・・・。

「青オニく~ん…、ボクはきみが好きだったんだよぉ~。きみがどこかに行ってしまうなら、ボクは人間となんか人間となんか仲良くならなくてもよかったんだよォ~。青オニく~ん、帰ってきておくれよォ~。青オニく~ん…(大泣き)」

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2006年9月21日 (木)

うれしい判決(国旗国歌強制は違憲!)

今日(9/21)の東京新聞Chunichi Web Press の写真に

「勝訴」「国歌斉唱義務なし」「画期的判決」

と書かれた垂れ幕を持った嬉しそうな原告団の顔が並んでいる。

東京地裁の画期的な判決を素直に喜びたい。

家永教科書裁判(Wikipedia)の杉本判決のように、いまの流れを食い止めようと頑張っている人たちへの大きな励みになる判決。

*****以下「YOMIURI ONLINE(読売新聞)」*****

国旗掲揚時、都教委の教職員への起立強制は違憲…地裁
 

 東京都教育委員会が教職員に対し、入学式や卒業式で国旗に向かって起立し国歌斉唱するよう通達したのに対し、都立学校の教職員ら401人が都と都教委を相手取り、通達に従う義務がないことの確認や損害賠償を求めた訴訟の判決が21日、東京地裁であった。

 難波孝一裁判長は、「通達や都教委の指導は、思想・良心の自由を保障した憲法に違反する」との違憲判断を示し、教職員に起立や国歌斉唱の義務はなく、処分もできないとする判決を言い渡した。

 また、慰謝料として1人当たり3万円の賠償を都に命じた。

 学校式典で国歌斉唱や起立などを教職員に具体的に義務づけた通達についての司法判断は初めて。

 東京都側は控訴する方針。

 判決によると、都教委は2003年10月23日、都立学校の各校長に対し、入学式や卒業式などで国旗の掲揚と国歌の斉唱を適正に実施し、教職員が校長の職務命令に従わない場合は服務上の責任を問うとする通達を出した。

 この通達後、式典で起立などをしなかったことを理由に、延べ345人の教職員が懲戒処分を受けた。

 判決はまず、「日の丸」や「君が代」について、「明治時代から終戦まで、皇国思想や軍国主義思想などの精神的支柱として用いられ、国旗、国歌と規定された現在でも、国民の間で中立的な価値が認められたとは言えない」と判断。「教職員に一律に、国歌斉唱などの義務を課すことは、思想・良心の自由の制約になる」と述べた。

 その上で、判決は、<1>通達は各学校の裁量を認める余地がない一義的な内容になっている<2>都教委は、職務命令に違反した教職員に対し、違反回数に応じて減給や停職などの懲戒処分を行っている――ことなどから、「通達や都教委の指導は、教育の自主性を侵害する上、一方的な理論や観念を生徒に教え込むよう教職員に強制するに等しい」と述べ、教育基本法や憲法に違反すると結論付けた。

 また、不起立などを理由にした処分についても、「都教委の裁量権の乱用にあたる」と述べた。

 一方で、判決は、国旗掲揚や国歌斉唱について、「生徒が日本人としての自覚を養い、将来、国際社会で信頼されるために、国旗国歌を尊重する態度を育てることは重要で、式典で国旗を掲げ、国歌を斉唱させることは有意義」と認め、「教職員は国旗掲揚、国歌斉唱に関する指導を行う義務を負い、妨害行為や生徒に起立などの拒否をあおることは許されない」とした。

 ただ、教職員個人が起立を拒否しても、「式典の妨害や国旗国歌を尊重する態度を育てる教育目標を阻害するおそれはない」とし、「懲戒処分をしてまで強制するのは、少数者の思想良心の自由を侵害する行き過ぎた措置」と述べた。

 この通達後に懲戒処分を受けた教職員のうち、延べ287人が処分の取り消しを求めて、都人事委員会に審査請求している。

 中村正彦・都教育長の話「都教委の主張が認められなかったことは、大変、遺憾。判決内容を詳細に確認して、今後の対応を検討していきたい」

(2006年9月21日21時33分  読売新聞)

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2006年9月19日 (火)

これってお土産かぁ?(「平和」は我が家から・・・52)

大学4年生の娘が3泊4日のゼミ合宿から帰ってきた。

「これは弟たちに」「これは、ママに」

「お父さん、これお土産ね」

と、テーブルに並べてくれた。

「おぉ、ゼミ合宿なのにお土産なんて悪いね・・・。ありがとね」とお礼を言った。

右から順に

2006_9_19_1 ウルトラマンシリーズの携帯ストラップ:これは「信州限定」「バルタン信州へ!」などと書かれ、バルタン星人がりんごを持っている。

野沢菜漬:これはいわずと知れた信州名物。

そして私へのお土産は

サッポロ★焼酎トライアングル:って、普通のサッポロビール株式会社の焼酎だ!

でも、自分で買うことはないし、重たいのに持ち帰った娘に感謝していただくとしよう。

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2006年9月18日 (月)

この夕焼け、被災地の空にも広がっているのだろうか・・・。

夕方5時から6時にかけての各局のニュースは、台風13号の影響による突風や鉄砲水の被害を競うように映し出していた。

中国新聞の記者が行方不明になっているというのに、テレビレポーターは強風に吹き飛ばされそうになりながも、少しでも「いい画」を撮ろうと、危険に身をさらしていた。

おすぎの住む町は、台風による被害はまったくなかったので、テレビに映し出される悲惨な映像も、「よそ事」としてしか映らず、前後して流される「吉野家牛丼復活祭」のニュースとウエイトはあまり変わらなかった。

ワンコが散歩を催促するので外に出ようとすると、西の空がきれいな夕焼けに染まっていた。

カメラのシャッターを押していると、屋根を吹き飛ばされた家々にかかるブルーシートや鉄砲水に流されペシャンコになったワゴン車の光景が蘇ってきた。

2006_9_18あの町々にもきれいな夕焼け空が広がっているのだろうか・・・。

被害を受けた人たちはどんな思いでその夕焼けを眺めているのだろうか・・・。

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2006年9月17日 (日)

寂しくもあり秋祭り

昨日は、おすぎの田舎のお祭りだった。

体育祭から帰って来る中3の息子を待って、連れ合いと3人で車で出かけた。

途中、西友で夕食と飲み物などを買い込み、まずは母親のいる病院に。

夕食の時間に間に合い、病院の食事はそこそこにして、連れ合いのつくった「お祭りのご馳走」の大根や里芋の煮物を美味しそうに食べてくれた。

数日前には大腸の検査で体力が落ち、熱も出て食事もほとんどとれなかったが、何とか熱も下がり体力は回復してきたようだ。

「これからお祭りに行くからね」と別れ際に手を振ると、

「美味しいものをごちそうさまね」と言って、ふとんから小さな手を出して振ってくれた。

毎年、お祭りなどで実家に帰ると、腰を曲げた母親が作ってくれていた煮物。

今年は逆になっちゃったね・・・。

実家に着いたのは8時ちょっと過ぎ。

車をとめると、お祭りの獅子舞の笛の音が聞こえてきた。

家に入ると、既に兄貴夫婦がかなり出来上がっていて、それににつられながら飲み、母親や病院のことを話した。

病院をたらい回しさせられているという思いが、ついつい病院の悪口に向かって盛り上がってしまう。

結局、獅子舞をやっているお祭り会場に着いたのは9時過ぎ。

受付で「花」を出し、お返しのタオルと礼状をもらう。

懐かしい顔が声をかけてくれる。

1杯400円也の生ビールを兄貴にご馳走してもらい、それを飲みながら獅子舞見物となった。

2006_9_17 実家で母親と二人で暮らしている(た)弟もひとたち舞った。

弟も獅子を舞い始めて、かれこれ30年近くになる。

母親に見せてやろうと思い、写真を撮った。(が、出来はいまいち)

季節の変わり目を告げる秋祭り。

今年はなんとも寂しい。

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2006年9月16日 (土)

最後の体育祭(「平和」は我が家から・・・51)

今日は我が家の中3の息子の体育祭。

彼の中学生活最後の体育祭であると同時に、我が家にとっても15年間に渡る義務教育最後の体育祭(運動会)だった。(保育園も含めると20年だぁ!)

私は仕事だったので、午前中は連れ合いが一人で見に行った。

午前中、息子が出たのは「100m」と「全員リレー」

息子が体育祭で頑張れる!と思っていた唯一?の種目「綱引き」が今年は競技から外れてしまい、結局一番苦手な100mに出場することに・・・。

結果は7人中6位。
でも「一生懸命走る息子の姿がいとおしかった」とは連れ合いの弁。

午後、家に帰り着き、急いで食事をとって、連れ合いと一緒に午後の部を見に出かけた。

ちょうど息子が出る学年種目「大縄」に間に合った。

が、これはクラス全員の息が合うかどうかがポイントになる種目。
練習のときもなかなか上手く跳べなかったようだ。

結局、残念ながら10回続いたのが最高で、合計では7組中最下位に終わってしまった。
退場門に向かう息子の足どりの重いこと・・・。

夕方、疲れきって、悔しそうな顔をした息子が帰ってきた。
とりあえず、おやつを食べながら結果を聞いた。

息子の青組は3位(最下位)。
総合優勝も色アピール(応援合戦)も垂れ幕(応援の看板)の賞も、いずれも届かなかった。

息子に過去の成績を聞いてみた。

1年の時、黄色組で「色アピール賞」をとった以外は、2年では赤組で無冠。3年でも無冠。

2006_9_16今年の体育祭のテーマは
「盛り上がれ体育祭 目指せ優勝 最高の思い出のために」

「どう、楽しい思いでは残った?」と聞いてみると、「何にも・・・」と。

「えっ、何にも楽しくなかったの?」

「あっ、お弁当が美味しかった!」

ありがとう、息子よ。

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2006年9月14日 (木)

藤原紀香参院選出馬? 自民党はやめてね!

今週号(9/18)の「AERA」に

参院選苦戦が予想される中
「自民党の目玉は紀香」説

と題して、来年の参院選東京地方区か比例区で藤原紀香を候補者として擁立しようとする自民党の動きが書かれている。

また、9月12日付の「日刊ゲンダイ」も

「藤原紀香参院選出馬」自民党「東京擁立」で根回し

との後追い記事を書いていた。

来年の参院選で東京地方区の定数が4議席から5議席に増えることが決まっているので、何とか2議席を確保したい自民党が、なりふり構わず「知名度があって無党派票が獲得できる」候補者として藤原紀香に白羽の矢を立てたいうことらしい。

しかし、藤原紀香といえば、アフガニスタンやカンボジアなどで自ら撮影した子どもたちの写真展を国内各地で開くなど、平和を訴える活動を続けている。

また、今年8月の「週刊現代」(8/19・26号)「8.15スペシャル対談」では、作家井上ひさしと対談し、憲法9条【戦争の放棄、戦力及び交戦権の否認】にふれ、

「これって、すごく勇気のある決意ですよね。制定した国民の強い意志を感じるような気がします。」「戦争を防ぐために必要なのは武力じゃない。私は子どもたちに、そう教えられました。」と述べ

「私たち、日本国憲法の味方です!」と宣言している。

そんな彼女に、憲法改正を党是としている自民党の候補者などになってほしくない。

幸い、所属事務所は出馬の可能性について「それは一切ありません」ときっぱり否定しているという。

仮に選挙に出るようなことがあった場合には、ぜひ憲法を守る側の政党から出馬してもらいたい。そのときは、おすぎは応援する。

2006_9_14 我が家のケータイは現在ボーダフォン(ソフトバンク)である。

その前身はJ-フォンである。

最初にケータイを購入するときにどこのキャリアにしようか迷ったが、決め手は藤原紀香だった。

なぜなら、私が藤原紀香のファンだったからだ。

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2006年9月12日 (火)

昨日のカミナリで…(「平和」は我が家から…50)

昨日未明のカミナリ、いやぁすごかったですね~。
皆さんのところはいかがでしたか?

夜中の3時ごろから「ゴロゴロ」なり始め、だんだん近づいてくるのが分かる。
とは言っても起きだすことはせず、嵐の通りすぎるのを寝て待つことに・・・。
隣で寝ていた連れ合いは、暑いので開けていた戸や窓を少し閉め、子ども部屋の窓も閉めに行ったりしている。

と、突然、外が明るくなるとともにドスンと地響きが・・・。

「うわっ、まずっ!」
「すぐ近くに落ちた!」と連れ合い。

停電になるかも? リビングに降り懐中電灯を探す。
息子2人も起きだしてきた。
「すごかったねェ!」を連発する。

「コンセント、抜いた方がいいよね」
テレビ、DVD、パソコンのコンセントを抜く。
「モデムもね」「もちろん!」

その後、強い雨がしばらく降り続いたが、雷鳴はおさまり、停電することもなく、こちらも眠りについた。

朝になり、停電もなかったので大丈夫だろうと思いつつパソコンを立ち上げた。
パソコンは正常に立ち上がったが、ネットがつながらない・・・。
「えっ、また?」と思いつつ、ADSLモデムのランプを点検に。
ランプは正常に点灯している。

実は先月12日の落雷と停電でADSLモデムがやられてしまい、復旧に4日間もかかった苦い経験がある。

「私のもつながらない」と連れ合いも2階から降りてきた。

もしや雨漏りも? 思ったとおり、2階のベランダからあふれた水が1階の和室に染み出し、障子や柱がビショビショになっている。

出勤前でどうすることもできず、「まずい、まずいなぁ」と思いつつ出かけた。

電車の中で連れ合いからのメールを受けた。

「給湯器の電源が点かない!」

その後続々とメールが入る。(なぜか「ですます調」)

「おとなりはテレビが壊れ、風呂も点かないそうです」

「(3軒となりは)テレビが壊れたそうです。電話がダメなお家もあるらしいです。東電が回ってるらしいという噂が前の道路で囁かれています」

「電話ください」

「2階のベランダを掃除しています。連絡をください」

午前中は電話できず、昼休みにかけた。
次から次へとお言葉がつづく・・・

「・・・おとなりのテレビはね、1台は完全に壊れて、もう1台はカラーだったのが白黒になっちゃったんだって・・・。お風呂はねうちのは私が外の電源を抜き差ししているうちに直ったんだけど、となりは3万円だって・・・」

夕方家の近くまで来て、改めて被害は結構深刻だったのだと気付いた。
いつもは点いている外灯が100メートル近くにわたって消えているのだ。

夕食もそこそこにパソコンの復旧にとりかかった。

我が家のパソコンは時々使うものも含めて4台がネットにつながっている。

ADSLからハブを経由して、2階の連れ合い用1台、1階の和室に1台、そして1階のリビングでさらにハブを経由しメインのパソコンとノートPCがつながっている。

まず前科のあるADSLモデムが正常かどうかを調べる。
と言っても、見かけは正常なので「正常!」ということに決め、ハブを介さず直で連れ合いのPCをつないでみる。
と、な~んとこれが無事につながるんですね~。
モデムは大丈夫だ!(さすがに1ヵ月に2回も壊しちゃったら、レンタルとはいえまずいものね…)

LANケーブとハブとPCをとっかえひっかえし、どの組み合わせならつながるのかを調べる地道な作業・・・。

結局分かったのは、ハブを介すとダメ!
1階のリビングにあった2台はどちらもネットワークにつながらない!

そして一夜明け、今日は遅い夏休み。
こんなことのために休みをとっていた訳ではないと思いつつ、昨日の続きにとりかかった。

直でもネットに接続できない2台を接続の設定をいろいろ変えて試してみたがダメ。
ADSLモデムの設定が変わってしまったのかなぁなどと思い、初期化して再設定してもダメ!
いろいろやってみてもダメ!

最終的にシロート・おすぎの出した結論。
昨日、近くに「落ちた」カミナリの影響で、ADSLモデムの隣においてあるハブの電源(コンセント)から強い電流が流れ込んだ。

そのハブには3本LANケーブルがつながっていたが、一番長いケーブルに電流が流れ、1階のリビングのハブを経由してメインのPCとノートPCに流れていった。

その結果、強い電流の流れた2台のハブとリビングのPC2台のネットワークボード(LANボード)が壊れた。

とりあえずLANボードを交換してみることに。
たまたま捨て(られ)ずに残っていた古~い、我が家の初代PCのLANボードをはずし、メインのPCに何とか取り付ける。
そして、LANケーブルをつないでインターネットに接続・・・
ヤッター! 無事 Yahoo! のホームページが現れてきた。

連れ合いに頼まれた買い物がてら PC DEPOT に。ハブを買う。

ADSLモデムからハブを介して接続。
これもOK!
LANボードの壊れたノートPCを除き、3台はインターネットに無事接続できるようになった。

こうして、おすぎの長~い「24」は終わりを迎えた。

「2度あることは3度・・・」とならないように、おっくうがらずにコンセントを抜くようにしたいと今は思っている。

それにしてもデータが壊れないでよかったぁ。バックアップをとっておくようにしようっと。

皆さんも、カミナリがなったらPCのコンセントはもちろん、モデムやハブのコンセントも抜くようにしましょうね!

それにしても我が家の娘。
みんなが「カミナリすごかったよねぇ~、あんなの初めて」「飛び起きちゃったよ」
などと言っているところに、

「すごかったよね、わたしも目が覚めちゃった。6時ごろだったよね」って・・・。

あんた、寝てたんでしょう!

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2006年9月 7日 (木)

腕ずもうで勝負・勝負!(「平和」は我が家から…49)

2学期が始まり、中3の息子の学校でも身体測定があった。

「どうだった? 身長は?」

「167センチ」

「おぉ、伸びたね~」「170までいくかもねェ」

タテ!にコンパクトな我が家5人は、みんな160センチそこそこ。

そんな中で、一番下の中3の息子が一番大きくなった。

お兄ちゃん(大1)は164センチで、もう伸びどまり。

「チックショー! 腕ずもうならぜってい負けない!」と何故か腕ずもうに話題をふる兄。

「やってみれば? 弟の方が強いかもよ」と私。

「負けるわけ無いじゃん。オレは大学1年だよ。こいつは中3!」と兄。

「ボクが負けちゃうよ」と謙虚な弟。

「じゃあ、お父さんとやってみるか?」とお兄ちゃんにふる私。

「お父さんと? やらないよ。勝っちゃうし。勝っちゃったら、お父さんの立場ないじゃん!」

「何言ってんの。大丈夫だよ。お父さん負けないよ、50だもん」と変なとこで張り合う私。

結局、勝負はしてもらえなかった。

右腕は五十肩であぶないけど、左ならまだ負けるはずがない・・・はず・・・。

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2006年9月 6日 (水)

病院同士のキャッチボール?

母がまた転院した。

8月9日に療養型病院に転院してから約1ヵ月。

落ち着いてきたかなと思っていたのに・・・。

週1回ぐらいの割合で出る熱の原因を調べて治療するためらしい。

熱が出ても解熱剤をうつとすぐ下がるし、それでいいのではないかと思うけれど。

今日移った病院は前回いた病院。

車に乗ったので、また家に帰れると思ったんじゃないかなぁ・・・。

6月25日に倒れてから、これでのべ5ヵ所目。

キャッチボールのように、病院を転々とさせられて・・・。

お母ちゃん、ごめんよ・・・。

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ケータイ↓水没(「平和」は我が家から…48)

今日から大学4年生の娘が沖縄に(もちろん遊びで)出かけた。

「甘~い!」と言われながらも、荷物が重そうだったので、駅まで車で送ってやった。

3時過ぎに見知らぬケータイから電話が入った。

とりあえず出てみると、娘。

「あっ、お父さん。もう泣きそうなんだけどさぁ…」と一応泣きそうな声で…。

「どうしたの?」

「あのね、沖縄の空港に着いてね、トイレ行ったら、ケータイ落としちゃって…水没!」

「はぁ? いきなり思い出できちゃったねェ」

「1万7千円が沈んじゃったんだよォ、もう泣く」

「その涙は沖縄のきれいな海に流しておいで」

「何言ってんの。これからボーダフォンショップさがして行ってみるから」

それから1時間ほどして、さっきとは違うケータイから電話が入った。

「あっ、お父さん。ボーダフォンショップからなんだけど、家族割使ってるからその契約者の確認と保険使う確認をしたいって」と娘。

ボーダフォンの人にこちらのフルネームや住所を聞かれたりした後、娘に変わった。

「ありがと。後でまた連絡するね」

しばらくしてからメールが入った。

「変えたよ(ノ△・。)」

「良かったね!」と返しておいた。

そういえば、ちょっと前に娘が「ケータイの充電がこわれちゃってさぁ」と言っていたのを思い出した。

結果的には沖縄に機種変更に行ったようなものだ。

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2006年9月 5日 (火)

ジャック・バウアーと過ごした夏

2006_9_4 今年の夏は、すっかり「24 TWENTY FOUR(トゥエンティ-フォー)」にはまってしまった。

ご存知の方も多いと思うが、一日24時間の出来事を1話1時間の同時進行の形でドラマ化したアメリカの人気テレビドラマ。

舞台は米国のCTU(Counter Terrorist Unit = テロ対策ユニット)LA支局。主人公の連邦捜査官ジャック・バウアーの「人生で一番長い日」を描いたものである。

アメリカで初回のシリーズが放送されたのは2001年。

それ以降、各国で放送されるとともにDVD化され、現在は「シーズンⅤ」のDVDがこの9月に発売になったところだ。

この「シーズンⅤ」発売の前宣伝も兼ね、8月からTSUTAYAがシーズンⅠ~Ⅲの半額レンタルを開始していた。

ちょうどスカパーで「シーズンⅢ」を放送していて、毎週楽しみにこれを観ていたが、「夏休み」と「半額」が重なり、DVDにも手を出してしまった。

さすがに1日24時間ぶっ通しで観る訳にもいかず、1日6時間程度。それでも1シーズン観終わるのに4日間。

観始めるとやめられず、結局シーズンⅠ・Ⅱ。スカパーで観ていたⅢの続きもレンタル。

半額になっていないシーズンⅣまで手を出してしまった。

何がそんなにひきつけるのだろう・・・。

第一にあげられるのはテンポのよさ。

1年近くかけて撮影され濃縮された「24」時間を60分ずつに分け、さらにその60分を15分程度に刻み、5分に1回は何かが起こるという構成になっている。

先日、スカパーでジャック・バウアーの妻(テリー・バウアー)役だったレスリー・ホープのインタビューを観たが、実は出演者も脚本をすべて知らされていないので、自分が次の回では死ぬのか生きるのかもわからないのだと言っていた。

そこにハラハラドキドキの秘密の一つがあるのかも知れない。

もう一つは、テレビドラマということもあり、分割した画面をうまく使って、同時進行で起こる複数の場面の様子を巧みに伝えている。

時間の経過を伝えるデジタル時計とその効果音も、観る側に臨場感を与えている。

テロリストの描き方や余りにも多い発砲シーン・残虐行為の数々・・・。

批判が無いわけではないけれど、面白いものはやっぱり面白いのだ。

「24 TWENTY FOUR」のシリーズの内容や出演者については Wikipedia をみてください。

FOX 社の公式サイトはこちら→
20th CENTURY FOX HOME ENTERTAINMENT

「24」を観た後は、どうしても口調がジャック・バウアーになってしまい、自分でも笑える。

一つのドラマにこんなにのめりこんだのは久しぶりだ。

スカパーでやっていた「シーズンⅢ」も今日が最終話。

私の夏休みも終わりをむかえた。

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2006年9月 4日 (月)

息子のバイト「やめるのヤーメタ!」(「平和」は我が家から・・・47)

夏休みに入ってすぐ、大学1年生の息子が「8月15日でバイトやめるから」と宣言した。

入学が決まった3月から始めた量販店でのバイト。

授業のある時期には週3回ほど、夏休みに入ると日数を増やしていた。

6月には「ボクもう、こづかいいらないから」などと嬉しいことを言ってくれていたのに。

「もう、疲れちゃってさぁ…」などといっチョ前の言い訳をして…。

その後、アルバイトの情報誌などがその辺に転がっていたので、ちがうバイトをさがしているのかと思っていた。

8月15日になると「たのまれちってさ~、8月いっぱいは行くことにしたわぁ」

そして9月になった。

「やっぱりバイトやめないことにしたから。オバチャンたちに頼まれちってさぁ…」

「なんて頼まれたの?」

「せっかく慣れてきたんだから、やめないでぃ~って」とのこと。

どうも年上?の女性には弱いらしい…。

まぁ、オバチャンたちにかわいがってもらっているなら、それもいいか・・・。

いまは量販店で、タコヤキ焼いたり、ラーメン作ったりしているという。

家では自分のラーメンも作ろうとしないのに。大丈夫なのかなあ…。

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2006年9月 3日 (日)

ピースフェスティバル

今日は近くの市の市民会館で、ピースフェスティバルがあった。

15回続いた「反核平和コンサート」の後をうけて、今年で4回目になるという。

北辰テストから帰ってくる中3の息子を待って二人で出かけた。

第一部は地元の太鼓やアコースティックジャム、立教大学のボランティアパフォーマンスサークル・どりぃむ・ぼっくすなどで楽しんだ。

そして第二部が今日のメインとなるMMCC&みんなの夢の音楽隊のステージ。

MMCC(Mobile Mini Circus for Children 子どもたちのための移動サーカス)とは・・・

アフガニスタンでは、数十年続く戦争によって、すべての世代の人々に笑いや知識や楽しさをもたらす娯楽が禁止されてきました。

MMCCは、歌や演劇による表現を通して人々の生活に「笑い」」を取り戻すために2002年に立ち上げられました。

MMCCで活動する子どもたちは、自分自身が思いっきり歌い、体を動かし、笑うことを心から楽しむとともに、他の人々にも伝えようとしています。

MMCCは、移動サーカス団として、アフガニスタン全土に住む子どもたちを対象に、歌や演劇などを通して、「笑い」とともにアフガニスタンで生きるために必要な知識を届けています。

それぞれの民族が相互に理解し、尊重し合うことの大切さを伝える平和教育。

手洗いの重要性やマラリア予防対策などを伝える衛生教育。

こうした内容を含むサーカス公演は、エンターテイメントとして子どもたちに大きな感動と夢を与えるだけではなく、まだ識字率の低い地域の子どもたちにも効果的な学習方法となっています。

また、教育に携わるおとなたちにも伝えることで、そのおとなから子どもへ、一人でも多くの子どもたちに教育が届くように活動しています。(パンフレットより)

2006_9_3 今回は十数人のアフガニスタンの子どもたちが7月に来日し、約50日間にわたって、日本の子どもたちと一緒に各地で交流し、イベントを開催してきたという。

そして今日が日本での最後のステージ。

テント興行のサーカス団に比べれば、それはつたない演技だったかもしれないが、観る側に何とも言えない感動を与えてくれた。

今回の来日にあたっては、一口500円のカンパで500万円を集めたという。

こつこつとした積み重ねが大きなうねりになることを祈りたい。

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