「その日のまえに」(重松清)
昨年秋に知人からこの本をいただいた。
それまで重松清の本は読んだことはなかったが、ちょうど保育関係の講演会で重松氏の話を聞き、興味を持っていたところだった。
「その日のまえに」は5本の短編から成っている。
「ひこうき雲」
30年前の小学校6年生だった時の話し。「ガンリュウ」と呼ばれる病気の気配などこれっぽっちも感じさせない同級生の女の子がが突然転校・入院する。
先生に言われ、イヤイヤみんなで書いた色紙を持って訪れた病院で見た彼女は「影が薄く」なっていた。
「朝日のあたる家」
「きちんと計算された場所に計算された量のダイナマイトを仕込んで爆破させると、ビルはみごとに内側に崩れ落ちて、周囲の建物にはかけら一つ飛ばさない。昌史の死に方は、それと同じだ。」
8年前に夫を心不全で亡くした高校教師の「ぷく」さんは、中1の一人娘と暮らしている。
ある日、出勤前のジョギング途中で15年前の高校の教え子に偶然出会う。そして彼が付き合っていたのはダンナのいる同じ教え子の睦美。その睦美はぷくさんと同じマンションに住んでいた。
「朝日、まぶしいですか? 14階って」突然たずねてきた睦美が聞いた。
「潮騒」
ガンで余命3ヵ月の宣告を受けた俊治は、小学校3~4年生を過ごした『かもめ海水浴場』を32年ぶりにたずねた。この海水浴場は同級生のオカちゃんがおぼれて死んだ場所。
「みんな留守なんだよ。しょうがないから、シュン、一緒に行こうぜ」という言い方にムッとして、「今日は工作の宿題するから」と断った。
それがオカちゃんとの最後の別れになってしまったのだ。
「ヒア・カムズ・ザ・サン」
父親を交通事故で失い、以来15年間母一人子一人で暮らしてきた高校生のトシくん。その母親が再検査で胃カメラをのむという。
結果が出たはずなのに何も言わない母。言えない母。
彼女は駅前で歌っている高校生のストリートミュージシャン・カオルくんに息子に伝わるように伝言を頼む。母はすでに再検査を受け、ガンを告知されていた。
「その日のまえに」「その日」「その日のあとで」
二人で生活し始めた20年前のシンマチに「思い出めぐり」に出かけた。
和美はすでに余命を告げられ、何か身体全体が少しずつ透き通ってきた。微笑がおだやかになり、僕を見つめるまなざしが深くなった。
1泊2日、これが最後の外出になってしまうだろう。
和美は「その日」を前にしてアルバムの写真も、残しておくものと処分するものに分けた。遺影も自分で決め、棺に入れる写真も選んだ。
1年の余命が半年に変わり、3ヵ月になってしまい、医者はそれ以上余命の話をしなくなった。
そして「その日」はおとずれた。
3ヵ月目の月命日を迎える前日、病院でお世話になった看護師から電話が入り、和美からの手紙を手渡される。「亡くなってから3ヵ月たったら渡してほしい」と頼まれていたという。
そこに書かれていたのはたった一言。
<忘れてもいいよ>
ふだんの生活では、ふつうの人はめったに「死」を意識することはない。
しかし、それが突然であれ緩やかであれ、いずれは身の回りにおとずれる。
5年前、連れ合いが乳がんの告知を受けたとき、何気ない日常がホントはすごく大切で幸せなことなんだと改めて気づかされた。
幸い、我が連れ合いは「影が薄くなる」こともなく、「透き通って」くることもなく、ど~んとした姿で今日を迎えている。
そんなおすぎにとって、「その日のまえに」は、かなりしみじみくる1冊だった。
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