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2006年1月29日 (日)

「その日のまえに」(重松清)

2006_1_29 昨年秋に知人からこの本をいただいた。
それまで重松清の本は読んだことはなかったが、ちょうど保育関係の講演会で重松氏の話を聞き、興味を持っていたところだった。

「その日のまえに」は5本の短編から成っている。

ひこうき雲
30年前の小学校6年生だった時の話し。「ガンリュウ」と呼ばれる病気の気配などこれっぽっちも感じさせない同級生の女の子がが突然転校・入院する。
先生に言われ、イヤイヤみんなで書いた色紙を持って訪れた病院で見た彼女は「影が薄く」なっていた。

朝日のあたる家
「きちんと計算された場所に計算された量のダイナマイトを仕込んで爆破させると、ビルはみごとに内側に崩れ落ちて、周囲の建物にはかけら一つ飛ばさない。昌史の死に方は、それと同じだ。」
8年前に夫を心不全で亡くした高校教師の「ぷく」さんは、中1の一人娘と暮らしている。
ある日、出勤前のジョギング途中で15年前の高校の教え子に偶然出会う。そして彼が付き合っていたのはダンナのいる同じ教え子の睦美。その睦美はぷくさんと同じマンションに住んでいた。
「朝日、まぶしいですか? 14階って」突然たずねてきた睦美が聞いた。

潮騒
ガンで余命3ヵ月の宣告を受けた俊治は、小学校3~4年生を過ごした『かもめ海水浴場』を32年ぶりにたずねた。この海水浴場は同級生のオカちゃんがおぼれて死んだ場所。
「みんな留守なんだよ。しょうがないから、シュン、一緒に行こうぜ」という言い方にムッとして、「今日は工作の宿題するから」と断った。
それがオカちゃんとの最後の別れになってしまったのだ。

ヒア・カムズ・ザ・サン
父親を交通事故で失い、以来15年間母一人子一人で暮らしてきた高校生のトシくん。その母親が再検査で胃カメラをのむという。
結果が出たはずなのに何も言わない母。言えない母。
彼女は駅前で歌っている高校生のストリートミュージシャン・カオルくんに息子に伝わるように伝言を頼む。母はすでに再検査を受け、ガンを告知されていた。

その日のまえに」「その日」「その日のあとで
二人で生活し始めた20年前のシンマチに「思い出めぐり」に出かけた。
和美はすでに余命を告げられ、何か身体全体が少しずつ透き通ってきた。微笑がおだやかになり、僕を見つめるまなざしが深くなった。
1泊2日、これが最後の外出になってしまうだろう。

和美は「その日」を前にしてアルバムの写真も、残しておくものと処分するものに分けた。遺影も自分で決め、棺に入れる写真も選んだ。
1年の余命が半年に変わり、3ヵ月になってしまい、医者はそれ以上余命の話をしなくなった。

そして「その日」はおとずれた。

3ヵ月目の月命日を迎える前日、病院でお世話になった看護師から電話が入り、和美からの手紙を手渡される。「亡くなってから3ヵ月たったら渡してほしい」と頼まれていたという。
そこに書かれていたのはたった一言。

<忘れてもいいよ>

ふだんの生活では、ふつうの人はめったに「死」を意識することはない。
しかし、それが突然であれ緩やかであれ、いずれは身の回りにおとずれる。

5年前、連れ合いが乳がんの告知を受けたとき、何気ない日常がホントはすごく大切で幸せなことなんだと改めて気づかされた。
幸い、我が連れ合いは「影が薄くなる」こともなく、「透き通って」くることもなく、ど~んとした姿で今日を迎えている。

そんなおすぎにとって、「その日のまえに」は、かなりしみじみくる1冊だった。

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2006年1月28日 (土)

1日1万歩 or 床掃除66分?

去年の4月の人事異動をきっかけに、昼休みには30分ほど近くの公園や上水沿いを歩き始めた。
秋には自宅から最寄り駅までの自転車も止め、徒歩に切り替えた。
さらに年明けには、最寄り駅のひとつ手前で下車し、30分ほどかけて職場まで歩くようになった。
平日は1日90分ほど歩いていることになる。

先日、厚生労働省の生活習慣病対策室が「健康づくりのための運動基準(案)」を発表した。それによれば「身体的活動を主体として健康づくりをする人であれば、毎日8,000~10,000歩の歩行が目安であり、運動を主体とする人では、ジョギングやテニスを毎週約35分間、速歩では1時間の実施が目安となった」としている。
(詳しくは厚労省HP「健康づくりのための運動基準(2005年)~身体活動・運動・体力~(概要)案」(PDFファイル)

以下「朝日新聞」(1/22)に掲載された具体的な運動と時間は次のとおり。

●日常生活なら
普通に歩く:1日8,000~10,000歩(66分)
床掃除・庭掃除:1日66分
洗車:1日66分

●スポーツなら
ジョギング:週1回・35分
テニス:週1回・35分
水泳・エアロビクス:週1回・40分
自転車:週1回・60分

まあ、週1回の決まった運動のあてもなく、毎日66分の床掃除もできないおすぎとしては、毎日66分のウォーキングを目安に続けていければと思っている。

体重や目に見えた体型の変化はないけれど、季節の移り変わりを楽しみながら・・・。

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2006年1月22日 (日)

博士の愛した数式

昨日(1/21)封切りになった映画「博士の愛した数式」が大入り満員(Yahoo!ニュース)でスタートしたようだ。

2006_1_22 この映画の原作は、2004年本屋大賞(全国書店員が選んだいちばん!売りたい本 本屋大賞)を受賞した芥川賞作家小川洋子氏。監督は「雨あがる」「「阿弥陀堂だより」で日本アカデミー賞各賞を受賞した小泉堯史氏。
これに寺尾聰や今回初めて母親役を演じる深津絵里、吉岡秀隆、浅岡ルリ子らが出演している。

交通事故がもとで80分しか記憶がもたなくなってしまった天才数学者の博士と、そこで働くことになった家政婦。そして彼女の10歳の息子の心の交流を描いている。

実は私の知り合いの大学教員が小泉監督の友人ということで「おすぎさん、ぜひ宣伝してあげてよ」と頼まれている映画でもある。

なかなか面白そうだし、今年一番で観に行きたいと思っている。

 → 「博士の愛した数式」上映館

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センター試験(「平和」は我が家から・・・16)

昨日、今日とセンター試験が行われている。
全国で55万人を超える受験生が受けるという。

我が家の高3の息子も昨日「文系」の科目を受験してきた。
朝からの雪でチョット心配していたが、受験会場が歩いて10分ほどの大学のキャンパスだったのはラッキーだった。

昨日、7時過ぎに帰ってきた息子に「どうだった?」と聞くと
「ビミョ~」との返事。何とも心もとない。

2006_1_21 今年から始まった英語のリスニングテスト。
「ちゃんと聴き取れた?」と聞くと
「うん、ちゃんと聞こえたけど、ビミョ~・・・」って、おいおい・・・。

でも、全国では450人を超える受験生が機器(写真・ICプレーヤー)のトラブルに見舞われ、再テストを受けたとのこと。
ちゃんと「聞こえた」だけよかったとしましょう・・・。

私大の受験まで後2週間。とりあえずは体調を崩さずに受験シーズンを乗り切ってほしいと思う。

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2006年1月15日 (日)

「平和」を見つめる若い感性(現代学生百人一首)

私立大学が主催し、全国から生徒や学生が応募し入賞した作品が新聞やホームページに掲載されている。
その中で、「平和」を見つめる短歌や俳句を拾ってみた。
残念ながら私にはこれらを評する力がないので転載のみさせていただくが、彼らの「平和」を見つめる若い感性はまぶしい。

◆龍谷大学第3回青春俳句大賞

この道に突っ立ったまま原爆忌
(京都府龍谷大学3年生)

◆第19回東洋大学「現代学生百人一首」

祖母が言う戦地に向かう祖父の背を涙こらえて送った日のこと
(山形県真室川高等学校2年生)

何回も観てはいるのにその度に「火垂るの墓」に涙する母
(神奈川県神奈川大学附属中学校3年生)

「じいちゃんはあの日ヒロシマにおったんよ」祖父在る奇跡悦ぶ八月
(兵庫県姫路南高等学校2年生)

悲劇の日忘れられない60年止まったままの11時2分
(高2女子)

◆第4回同志社女子大学「SEITO百人一首」

映された沖縄の青い海を汲むさっき麦茶を飲んだコップは
(奈良県二階堂高校1年生)

予定日を告げられし姉のラジオから遠きイラクで散りゆく命
(青森県八戸西高校2年生)

連ドラの直前5分のニュースには“今だけ”を生きる少年の声
(京都府同志社高等学校1年生)

雲の峰 宙 ( そら ) 舞う鳥も 鉄鋼 ( てつはがね ) 蒼く哀しい沖縄の空
(大阪府天王寺高校1年生)

悲しみと喜びを抱き青年の若き体が爆弾と化す
(シンガポールISSインターナショナルスクール1年生)

地球には国境のない理にアンネの薔薇はひそやかに咲く
(茨城県下館第一高校4年生)

明日まさかB52は来ないだろうクッキーかじる音が聞こえる
(福岡県嘉穂高校2年生)

開戦を現地で告げるレポーター背後で散りゆく命の声は
(和歌山県和歌山信愛女子短期大学附属高校2年生生)

銃声に震える孤児を夢に見た悲痛な寝覚めの八月の朝
(茨城県下館第一高校1年生)

◆國學院大學第9回全国高校生創作コンテスト

爆音を響かせ飛ぶは軍用機横田の空へ吸い込まれゆく
(山梨県身延山高等学校3年生)

行脚する八月六日の雲のない広島の空平和を祈る
(山梨県身延山高等学校2年生)

飛車の駒 まっすぐ進む 原爆忌
(青森県三本木高等学校3年生)   

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2006年1月 8日 (日)

小さな政府より、小さな幸せ(「平和」は我が家から・・・15)

1月7日(土)付朝日新聞 be on Saturday に「新年の抱負」をテーマにしたモニターアンケートの結果が掲載されていた。

2006_1_8それによれば、回答者2486人のうちの64%が「新年の抱負」を持ち、その抱負のうちの半数近くが、「自分や家族の健康」「自分や家族の幸せ」に関するものだという。
「国のあり方」に関する抱負は31人しかいない。

回答者全員が答えた質問のうち
「景気がよくなる?」に対しては「はい」43%、「いいえ」57%
「暮らし向きがよくなる?」は「はい」17%、「いいえ」83%
「『フリーター』『ニート』は減る?」は「はい」7%、「いいえ」93%

「景気も暮らし向きもさほどよくはならないだろうけれど、せめて家族だけは健康で幸せな1年になってほしい」というささやかな願いを感じることができる。

私はと言えば、初詣でやはり家族の健康と息子の志望校合格を願ってきた。

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2006年1月 3日 (火)

結局最後まで(「平和」は我が家から・・・14)

結局、最後まで見てしまった第82回箱根駅伝

朝8時前からつけたテレビの前で、中二の息子と一緒にずーっと見ていた。
昼はテレビを見ながら、ズルズルとラーメンをすすった。

もちろん、母校が復路優勝(って印象がうすいよ!)したのは嬉しいけれど、亜細亜大学の総合優勝は何か新鮮で、それこそ普通の選手10人が淡々と襷をつないだ結果の優勝で、結構感動してしまった。

あと、8区での順天堂大・難波くんの脱水症状でふらふらになりながらも襷をつないだ頑張りと、それを声を詰まらせながら実況していた矢島アナのレポートにはぐーっときてしまった。

駅伝が終わった後、一緒に見ていた息子が「書初め」を始めた。
1枚目から10枚目まで、「これ!」といった一枚もなく、淡々と書き続けた。
そこに書かれた文字は「強い信念

上手い下手は別にして、駅伝から君に伝わったものを白い半紙にぶつけた結果なら、それでいい・・・。

私も淡々と君につなげたい。
「平和」というタスキを・・・。(チョット苦しいか・・・)

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2006年1月 1日 (日)

年賀状に(「平和」は我が家から・・・13)

明けましておめでとうございます。
2006年が少しでも平和な世の中に向かう1年になることを祈っています。

2006_1_1我が家では、年賀状の担当は私と決まっている。
連れ合いはいっさい手を出さない。

試作品ができたところで、一応お伺いをたてるべく見てもらう。
「これでいいんじゃない」とOKが出れば、その後の印刷・宛名書き(もちろんパソコンだけど)・差し出し・住所管理・・・は私の仕事。
だから、私は一度も会ったこともない連れ合いの友人・知人にも毎年欠かさず年賀状を出し続けている。
もう20年以上こんな状態だ。

毎年、年賀状にはさりげなく平和のメッセージを込めている(つもり)。
ひとこと書くこともあれば、イラストで表すこともある。
あまりにさりげなさ過ぎて、受け取った方が分からないこともあるかも知れない。

今年はこんな年賀状をつくってみた。

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