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2005年10月 1日 (土)

「平和」は我が家から・・・8(綾瀬はるか)

今日(10/1)の朝日新聞夕刊「ズームアップ」欄に「伝える仕事の重み実感」と題した、綾瀬はるかの記事が載っていた。(などと書き始めるとまるで「綾瀬はるか」を知っているようだが、ホントのところは掲載されている写真を見て、「おぉ、結構かわいいじゃん!」と思ったばかり・・・)

4日からTBSで3夜連続で放送される「赤い運命」(昔、山口百恵がやってたやつだよね)の主演に関する内容だった。
広島の生まれで、ホリプロのスカウトキャラバンで審査員特別賞を受けたが、家族は芸能界入りに反対。1年後に父親が「一度しかない人生。駄目だったら帰ってこい」と東京に送り出してくれたという。

  父親が大好き。「困ったり落ち込んだりした時、すぐ相談するんです。すると『気にしんさんな』 『笑顔を忘れなさんな』って言葉にホッとする」。母親が父親を尊敬しているのだそうだ。「父親をばかにする母親っていますよね。やっぱりそれは良くないと思うんです」
  この夏、戦後60年の特番でナビゲーターを務めた。テーマは原爆。番組で祖母から初めて原爆体験を聞いた。祖母の思い、それまでの自分の自覚のなさに涙があふれた。そして「赤い運命」も、反戦がサブテーマだった。「まさに運命」と思った。
  「私は弱い人間だし、まだまだ自分の仕事に不安だらけ。でも、伝えたい、という気持ちの大切さが分かってきた」。俳優こそ自分の仕事。20歳で得た大きな宝物だ。

そういえば我が家の娘も20歳・・・。
ふっと娘のほうに目を向けると、テレビのほうを向いたまま寝ている! おいおい!!

インリン様 につづいて、今日から綾瀬はるかも応援しちゃおう!

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